ちひろ美術館のコレクション作品の総数は、現在約27,500点(※1)にのぼります。いわさきちひろをはじめとする日本の絵本画家の作品のほか、欧米、アジア、東欧やロシア、南米やアフリカなど35の国と地域、221名のアーティストの作品を収蔵しています。(※2)
この数は絵本の専門美術館としては世界最大規模であり、国際アンデルセン賞画家賞受賞者12名を含む各国の代表的な絵本画家の作品がそろっています。

企業や自治体の支援もなく、資産もなかったちひろ美術館が、これだけの作品を収集することができたのには理由があります。ちひろ美術館が開館した1977年頃、絵本が美術のひとつのジャンルであると考える人はほとんどいませんでした。絵本画家であったいわさきちひろの作品をきちんと保存し、公開しようと考えたとき、日本にはそれを受け入れてくれる美術館はどこにもありませんでした。絵本画家の作品を美術作品として残していくためには、美術館を自力でつくる以外に方法はありませんでした。ちひろ美術館は開館当初から絵本を人類が生み出した大切な文化と考え、絵本の原画を美術作品として位置づけました。

美術館の活動を開始して、世界に目を向けるとヨーロッパやアメリカでも、絵本原画の置かれている状況は同じだということがわかりました。歴史に残るようなすばらしい絵本がどの国にもあるにもかかわらず、その原画の保存状況は劣悪だったり、散逸するにまかされていたのです。ちひろ美術館は微力ながらも、きちんとした収蔵庫をつくり、絵本原画を保存することを使命と考えました。各国の絵本画家を訪ね、原画を後世に残し、公開していきたいというちひろ美術館の理念を説明すると、すべての絵本画家から共感の声が寄せられました。ほとんどの画家が廉価で作品を譲ってくれ、なかには寄贈してくれる人も少なくありませんでした。

美術館の運営が軌道にのると、収蔵庫を増築し、1997年にはコレクションをいつでも見てもらえる美術館として安曇野ちひろ美術館をつくりました。
コレクションを本格的に開始してからわかったことでしたが、ちひろ美術館は世界で最初の絵本専門美術館でした。それぞれの時代と地域の優れた作品を後世に残すことは絵本文化の継承と発展のためにはきわめて重要なことなのに、それを担おうとする美術館はどこにもなかったのです。ちひろ美術館のコレクションは世界中の画家の期待と信頼によってこれだけの規模になったのです。

※1 寄託作品約6,550点を含む
※2 2022年5月現在

特徴

ちひろ美術館コレクションの構成は、大きく三つに分けることができます。一番目はいわさきちひろとそれに関連する作品、資料。二番目は、国内外の現代絵本画家に関連する作品、資料。三番目は絵本の歴史に関連する作品、資料です。

ちひろ美術館のコレクションの第一の特徴は世界の優れた絵本画家たちの作品が集まっていることです。作品収集に当たっては、画家の個性、オリジナリティ、技術、絵本のクオリティなどが基準になります。作品は個人によって生み出されるものですが、そこにはそれぞれの国や地域の文化的伝統や風土が反映されていることが少なくありません。多様な個性と同時に、国や地域ごとの表現の違いを見ることも楽しいでしょう。

ちひろ美術館は、基本的には出版された絵本の原画をコレクションしています。しかし、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど経済的に恵まれない地域の画家の作品には絵本原画でないものもあります。これらは未出版でも出品可能な絵本原画展に応募した作品などから選んでいます。これらの画家のなかには日本や他の国で絵本を出版するようになった人もいます。また、絵本画家のなかには、同時に油彩画や版画や立体作品などをつくっている人もいます。作家の理解につながる場合はこういう作品もコレクションに加えています。

第二の特徴は、歴史的価値を持った絵本関連作品や資料が集められていることです。安曇野ちひろ美術館の絵本の歴史展示室では、古代エジプトの『死者の書』から絵巻物、江戸時代の絵本類、19世紀末から大きく広まった子どものための書籍まで、各時代や地域で、現代の絵本につながる歴史的作品や資料を紹介しています。

ちひろ美術館は絵本美術館のパイオニアとして、引き続き絵本原画をはじめとした作品や資料のコレクションに取り組んでいます。

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絵本とイラストレーションの歴史

ちひろ美術館は、絵本を美術表現のひとつのジャンルと考えています。
絵本の歴史をひもとくと、子どもの本としての絵本の登場はヨーロッパでも日本でも17世紀中頃からと考えられます。今日的なスタイルの子どもの絵本という意味では、19世紀後半のイギリスの絵本を起点とする考え方が一般的です。

ところが、絵とことばを融合させた絵本的表現は人類の最も古くから見られる美術のひとつでもあるのです。

紀元前15世紀頃にはすでに制作されていた『死者の書』は、パピルスに絵と文字を記した死後の世界への案内書です。これは、巻物形式ですが、絵本の最も原初的なスタイルといえます。

「死者の書」断簡(出土地・年代不明)

「ベアトゥスのヨハネ黙示録注解書 ウルジェイ写本」970年頃〈ファクシミリ版〉(スペイン)

このような絵と文字で歴史や神話や物語をあらわした書物はヨーロッパの時祷書(じとうしょ)やイスラム文化圏のミニアチュール、中国の画巻(がかん)、マヤ文明のコディセなど世界中のさまざまな文化圏からも発見することができます。日本でいえば、12世紀頃から普及した絵巻物は巻物形式の絵本といえます。その表現はその後、奈良絵本を生み、江戸期にいたって赤本や青本、黒本などの絵草子等さまざまな種類の絵本に引き継がれていきました。

絵巻「俵藤太」江戸時代前期(日本)

赤本「さるかに合戦」江戸時代中期〈復刻版〉(日本)

ちひろ美術館では、古代エジプトから20世紀半ばまでの絵本とイラストレーションの歴史を伝えるオリジナル作品、復刻資料、複製資料を収集・保存・展示しています。

ホーンブック18世紀末頃(イギリス)

「もじゃもじゃペーター」ハインリヒ・ホフマン/1860年代の版(ドイツ)

「ジョン・ギルピンのゆかいなお話」ランドルフ・コールデコット/画 1878年(イギリス)

「ジャンヌ・ダルク」プーテ・ド・モンヴェル/作 1896年(フランス)