1970年代

ちひろ美術館のあゆみ
1974
昭和49年
8月いわさきちひろ、肝臓がんのため死去
10月銀座「画廊はばたき」でちひろの遺作展を開催
1975
昭和50年
6月いわさきちひろ記念事業団設立準備委員会発足
9月没後1周年記念「いわさきちひろ愛と夢の原画展」を日本橋高島屋で開催(以後80年4月までに全国のデパートで72回の原画展を開催)
1976
昭和51年
6月いわさきちひろ記念事業団設立(初代理事長・中谷泰)
10月いわさきちひろ絵本美術館建設募金開始(9ヵ月間で賛同署名3万余名一般寄付1,200名より622万余円が寄せられる)


10月平和の願いを伝える「いわさきちひろカレンダー」を原水協と協力して制作開始(79年より現在の形となり、毎年30万~40万部普及)
1977
昭和52年
1月いわさきちひろ絵本美術館着工/ちひろ美術館A棟(設計・早川洋)

9月いわさきちひろ絵本美術館開館(初代館長・飯沢匡)


10月「日曜美術館」(NHK教育テレビ)で「私といわさきちひろ」(出演・黒柳徹子)放映
10月いわさきちひろ絵本美術館開館記念コンサート開催(以後、ちひろ美術館コンサートを9年間で50回開催)
11月いわさきちひろ記念事業団、財団法人として認可される
1978
昭和53年
4月いわさきちひろ絵本美術館、登録博物館となる
6月「外国絵本を読む会」開催。以後7回連続で毎週開催。
9月開館1周年記念特別展「いわさきちひろとアンデルセン展」開催
1979
昭和54年
2月「窓ぎわのトットちゃん」雑誌連載開始(文・黒柳徹子 絵・いわさきちひろ/月刊誌「若い女性」79年2月号から80年12月号まで/講談社)
6月第1回ちひろ美術館セミナー「いわさきちひろの世界」開催。以後5回連続で毎週開催。
7月福井県立美術館にて「いわさきちひろ展-野の花の心」開催(公立美術館での最初のちひろの個展)
9月開館2周年記念特別展「現代絵本画家展」開催

1980年代

ちひろ美術館のあゆみ
1980
昭和55年
7月福島県立美術館にて「いわさきちひろ展」-野の花の心」開催(公立美術館での最初のちひろの個展)
9月開館2周年記念特別展「現代絵本画家展」開催(初の企画展)
1981
昭和56年
1月第1期増築工事(B棟)着工 
3月『窓ぎわのトットちゃん』刊行(講談社)
8月都市センターホールにて講演会「考えて見ませんか へいわときょういく」開催(小山内美江子氏より「ちひろ平和Tシャツ」が提案される)

1982
昭和57年
4月第2回国連軍縮総会に先立ち、核兵器廃絶と軍縮の実現を願って特別展「世界中の子どもみんなに平和としあわせを」を開催、来館者に反核署名を呼びかける(53,000余の署名が寄せられる)
11月1983年の4月まで6回にわたり、平和について考える平和通信「ひとつぶの種」を発行
1983
昭和58年
2月第2期増築工事(C棟)着工

9月いわさきちひろ絵本美術館新館オープン 

9月特別展「夢二からちひろへー子どもの心を持ちつづけたイラストレーターの歴史」開催
1984
昭和59年

9月開館7周年特別展「子どもをみつめてー佐藤忠良・いわさきちひろ展」開催


9月『いわさきちひろ全集』刊行開始(第1期分5巻/ほるぷ出版/絶版)

1985
昭和60年
4月核兵器廃絶を求めるヒロシマ・ナガサキからのアピールへの賛同署名を来館者に呼びかける(97年までに14万8,000名)
9月BIB(ブラティスラバ世界絵本原画展)での戦後40年記念シンポジウム「イラストレーションにおける子どもと平和について」にパネラーとして副館長・松本猛参加
9月『いわさきちひろ全集』刊行開始(第2期分6巻/ほるぷ出版/絶版)
9月エリック・カール氏より作品「おんどり」の寄贈を受ける(世界の絵本画家コレクション第1号)
1986
昭和61年
3月企画展「木にとまりたかった木のはなし」原画展(武井武雄絵本原画及び刊本展)開催
7月子どもの本世界大会記念特別展「戦後絵本の歩み展」開催
1987
昭和62年
3月大阪大丸ミュージアム梅田にて「いわさきちひろ展Ⅰ」開催(翌88年まで全国5美術館を巡回、32万人の入館者数を記録)
9月開館10周年を迎える(8月末現在延べ入館者数81万人) 
12月エントランス、前庭を増築

1988
昭和63年
1月月刊誌「本」1月号より、ちひろの評伝「つば広の帽子をかぶって」連載開始(飯沢匡・黒柳徹子著/講談社、89年5月号まで)
1月「ババール原画の世界展」開催(初めての外国作品展覧会)
7月特別展「輝く瞳をみつめて!ー田沼武能・いわさきちひろ展」開催(ユニセフ共催/入館料の1割をユニセフに寄付)
9月プレミ・カタロニア(バルセロナ世界絵本原画展)に国際審査員として副館長・松本猛参加(クヴィエタ・パツォウスカーさんがグランプリを受賞)
1989
平成元年
詩画集『あかちゃん』『おかあさん』(サトウハチロー著/講談社)『つば広の帽子をかぶって』(飯沢匡・黒柳徹子著/講談社)、『18枚のポートレート』(俵万智・山田洋次他著/新日本出版社)刊行
4月ちひろの絵を「毎日夫人」表紙に使用、現在に至る

1990年代

ちひろ美術館のあゆみ
1990
平成2年
2月特別展「色彩と空間の魔法使いーパツォウスカー展」開催
3月山口県立美術館にて「いわさきちひろ展Ⅱ」開催(以後全国17美術館を巡回、65万人の入館者を記録)
9月特別展「赤羽末吉遺作展」開催(翌年姫路市立美術館、ふくやま美術館にて開催
1991
平成3年
4月(財)いわさきちひろ記念事業団第2代理事長に箕田源二郎就任
4月伊勢丹美術館にて「いわさきちひろ展Ⅲ」開催(3週間で10万人を越える入館者数を記録。91年、95年に6美術館を巡回、35万人の入館者を記録)
5月アメリカ(5月)、ヨーロッパ(10月)を中心に10ヵ国を巡り、コレクションに努める
11月開館15周年記念特別企画として海外絵本画家シリーズを7回連続で開催(ちひろ美術館コレクションを中心に海外の作品を展示/93年1月まで)
1992
平成4年
2月北海道立近代美術館にて「いわさきちひろと絵本の世界展」開催(ちひろの作品とともにちひろ美術館コレクションの中から30点余を公開)

1993
平成5年
3月長野県北安曇郡松川村に新ちひろ美術館建設決定
9月安曇野ちひろ美術館(仮称)設計を内藤廣氏に依頼
1994
平成6年
2月ちひろ展100回記念「ちひろの花ことば」展開催
2月日本テレビ「知ってるつもり?!いわさきちひろ」放映
7月「ちひろ・再発見の集い」を東京會舘で開催(安曇野ちひろ美術館建設計画を発表。あわせて全国の書店でちひろのブックフェア開催)

1995
平成7年
2月第2代館長に黒柳徹子就任
4月「パツォウスカー展Ⅱ」を大丸ミュージアム梅田、伊勢丹美術館他3会場にて開催
5月安曇野ちひろ美術館着工

1996
平成8年
11月ノーマン・ロックウェル美術館(アメリカ)にて、ちひろ展開催(海外の美術館での最初のちひろ展)
1997
平成9年
3月画集『ちひろ美術館』(全12巻+別巻/講談社)刊行開始
4月安曇野ちひろ美術館開館(初代館長・松本猛)、ロゴマークとロゴタイプ作成(デザイン・佐藤卓)、いわさきちひろ絵本美術館(東京)の呼称を「ちひろ美術館・東京」に変更


6月「新日曜美術館」(NHK教育テレビ)で「安曇野ちひろ美術館への旅」放映(出演・高田宏、俵万智、山田洋次)
9月ちひろ美術館・東京、開館20年を迎える(8月末現在延べ入館者数175万人)
12月安曇野ちひろ美術館、登録博物館となる
1998
平成10年
2月安曇野アートライン構想発表

3月絵本画家、故・赤羽末吉の全遺作約6,800点が遺族より寄贈される

1999
平成11年
4月ちひろ美術館公式ホームページ開設
7月ちひろの黒姫山荘の一般公開始まる(長野県上水内郡信濃町の黒姫童話館の南側の森に移築)
7月朝日新聞(ASA)額絵シリーズ「ちひろと世界の仲間たち」スタート(翌年「ちひろと世界の仲間たちⅡ」)
12月福井県武生市(現・越前市)天王町に「いわさきちひろ生誕の地」記念碑建立

2000年代

ちひろ美術館の歩み
2000
平成12年
2月(財)いわさきちひろ記念事業団第3代理事長に山田洋次就任
6月公共広告機構の「子どもの読書年キャンペーン」にちひろの線画が採用される。
2001
平成13年
1月ちひろ美術館・東京、工事のため一時閉館(2000年12月までの延べ入館者約195万人)
3月安曇野ちひろ美術館新館(現・世界の絵本館)オープン。記念特別展Ⅰ「ナンセンス絵本の王様 長新太の世界」開催
9月新ちひろ美術館・東京着工(設計・内藤廣)
2002
平成14年
1月ちひろ美術館コレクション「いわさきちひろと日本の絵本画家たち」展を伊勢丹美術館で開催(他2館へ巡回)
4月安曇野館にて松川村保健センターと連携した「あかちゃんと絵本の出会い」活動開始
7月安曇野館にて中学生ボランティアスタート。夏休み期間中開催の展示に関連し、松川中学校の生徒による作品解説や実演を行う。その後毎年夏休み恒例の取り組みとなる
7月安曇野館にて「アートラインサマースクール」開校(安曇野アートライン推進協議会と松川村、武蔵野美術大学との共催。以後2012年まで毎夏開催)
9月開館25周年を記念して、新ちひろ美術館・東京オープン。開館記念展「時をこえる視点 いわさきちひろ・山本正道」開催
9月東京館にて館長・黒柳徹子講演会「世界の子どもたちは、今」開催(その後も、2003、2004,2007、2011に開催)
2003
平成15年
3月アメリカによるイラク攻撃に抗議して、ちひろの「NO WAR」ステッカー(デザイン・福田繁雄)を配布開始(2ヶ月で受け付けた申し込み枚数は約15万枚)
5月東京館にて「山田洋次セレクション・シネマ倶楽部」第1期スタート、以後2006年の第5期まで開催。
11月いわさきちひろ作品の代表作のデジタル・アーカイブをスタート(2017年2月現在で約460点)
2004
平成16年
3月NHK「新日曜美術館 いわさきちひろ 戦場の少女を見つめて」放映
3月NHKBS-hi「ちひろが残してくれたもの~いわさきちひろ没後30年」放映
5月中国での初めてのいわさきちひろピエゾグラフ展を開催(中国・大連市の遼寧師範大学芸術学院美術系美術館にて)
6月18カ国語で「平和」ということばが入った「ちひろ平和Tシャツ」を制作(デザイン・福田繁雄)
8月長野県松本市にある城山公園に、ちひろ記念碑「ちひろの椅子」完成
9月『ちひろBOX』刊行(ちひろ美術館編/講談社)
9月東京・安曇野両館にて、全国の方々から寄せられた4,000余通のリクエストをもとに、「いわさきちひろ没後30年 わたしが選んだちひろ展」開催
9月東京館、平成16年度第45回BCS賞(日本建築業協会賞)を受賞
10月BS-i「私の美術館 ちひろ美術館~やさしさを絵筆にたくして~」放映(その後、DVD化)
11月ちひろの出生地である福井県武生市(現・越前市)に、「ちひろの生まれた家」記念館オープン
2005
平成17年
5月安曇野館にて「出前授業」「出張講座」スタート
7月東京・安曇野両館、高校生以下の入館料を無料に
9月韓国にて、ちひろ美術館の絵本の歴史資料と、いわさきちひろのピエゾグラフ作品を展示する(パジュ市子どもの本フェスティバルにて)
11月ベトナムで初めてのいわさきちひろピエゾグラフ展を開催(ベトナム女性博物館[ハノイ市]とベトナム南部女性博物館[ホーチミン市]にて)
12月東京館の全館バリアフリーの取り組み第29回練馬区障害者福祉大会にて表彰される
2006
平成18年
5月東京館にて「ありがとう!チョーさん 長新太展ナノヨ」開催(愛知県刈谷市美術館ほか3館に巡回)
6月長野県立こども病院でいわさきちひろのピエゾグラフ展スタート
7月『ちひろの絵のひみつ』(ちひろ美術館・編/講談社)、『井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法』(井上ひさし・文/講談社)刊行
7月共同通信の配信記事「ちひろの画法体験して」が全国各紙に掲載
12月ベトナムホーチミン市でいわさきちひろピエゾグラフ展を開催(戦争証跡博物館、ほか1館にて)

2007
平成19年
3月ちひろ美術館・東京が開館30年、安曇野ちひろ美術館が開館10周年を迎える。両館で記念展を1年間にわたってそれぞれ開催

3月別冊太陽『いわさきちひろ』刊行(平凡社)
3月(財)いわさきちひろ記念事業団の主務官庁が東京都教育委員会から文部科学省に移管される
3月開館30年・10年の特別企画として「年間パスポート」発行(以後毎年継続)
4月東京館での「えほんのじかん」が通算100回目を迎える(協力:ねりま子どもと本ネットワーク)
4月安曇野ちひろ美術館、開館10周年を迎える(3月末現在延べ入館者数228万人)
8月安曇野ちひろ美術館にて、「夕暮れミュージアム」をスタート(以来、毎年開催)
9月ちひろ美術館・東京、開館30年を迎える/8月末現在延べ入館者数225万人(以来、年1度の入館無料デーを設置)

2008
平成20年
7月東京女子医科大学病院でいわさきちひろのピエゾグラフ展示スタート(安曇野の長野県立こども病院に次いで、東京の病院施設での初めてのピエゾグラフ展示)
10月ちひろのベトナム語版絵本『戦火のなかの子どもたち』『母さんはおるす』のチャリティ出版
10月東京・安曇野の両館にて、生誕100年記念「夢と記憶の画家」茂田井武展を開催
11月ちひろ縁の方々の証言を映像で記録するための撮影をスタート(足かけ3年にわたり、全国の50人近い方々に取材を行う/監督・海南友子)
2009
平成21年
2月安曇野ちひろ美術館にて、新収蔵棟の増築、展示室と事務室の改修工事、授乳室新設
6月安曇野館にて、韓国の絵本画家グル−プを受入れ、研修を実施(以来ほぼ毎年開催し、交流を深める)
7月絵本画家・故・茂田井武の遺作(約770点)が遺族より寄贈される

2010年代

ちひろ美術館のあゆみ
2010
平成22年
1月ちひろカレンダーの大判が全国カレンダー展の中小企業団体中央会会長賞、卓上版が日本印刷産業連合会会長賞を受賞
5月東京・安曇野両館にて「生誕100年記念・赤羽末吉展-絵本は舞台だ-」を開催
5月NYで開催される国連核不拡散条約再検討会議を前に、各国から平和を願う人々が集うパレードに参加
7月台湾で初めてのいわさきちひろピエゾグラフ展を開催(国立台湾図書館[台北]にて)
10月安曇野館での特別展にあわせ、国の重要文化財「銅造菩薩半跏像」(松川村親松院蔵)を展示
2011
平成23年
3月東京・安曇野両館にて『窓ぎわのトットちゃん』の30周年を記念した展覧会を開催
3月3.11東日本大震災。黒柳徹子からの緊急メッセージ「東日本大震災に寄せて」をHPで発表
5月東京・安曇野両館の近隣に避難を余儀なくされた東日本大震災の被災者に優待券を発送(罹災証明持参で入館料を無料に)
6月安曇野ちひろ美術館第2代館長に黒柳徹子が就任
7月長野県松本市で行われる国連軍縮会議にあわせ、松本市美術館で開催された平和祈念特別展に参加
8月人が初めて訪れる美術館でありたいというちひろ美術館の活動コンセプトを「ファーストミュージアム」ということばで新たに発信
2012
平成24年
1月(財)いわさきちひろ記念事業団/ちひろ美術館(東京・安曇野)の「支援会員制度」スタート
3月ちひろ美術館友の会が35年の歴史に幕を下ろす
6月「芸術新潮」7月号にて、「特集いわさきちひろ」が組まれる
7月初のドキュメンタリー映画「いわさきちひろ~27歳の旅立ち~」が公開。あわせて全国108カ所超の書店でブックフェアを開催


8月ちひろNO NUKESステッカーを配信

2013
平成25年
2月ドキュメンタリー映画の自主上映会がスタート
4月公益認定を受け公益財団法人として、新制度に移行
4月日本郵便発行の特殊切手「季節のおもいでシリーズ 第2集」にいわさきちひろの作品が採用される
8月東京館に続き安曇野館にて博学連携の一環として「教員内見会」をスタート
10月「特定秘密保護法」の廃止を希望する平和のステッカーを配信
10月芸術作品をオンラインで鑑賞できるGoogleアートプロジェクトにちひろ美術館が参加
11月朝日新聞「be」ランキングにて、「好きな日本の絵本作家」第1位にいわさきちひろが選ばれる
2014
平成26年
3月東京・安曇野両館にて、年間を通してちひろの没後40年記念展を開催
3月安曇野館にて、ちひろの作品と記念撮影ができる「撮影スポット」を新設
5月『窓ぎわのトットちゃん』朗読と対談の集いを、講談社講堂にて開催。同日、松川村・安曇野ちひろ公園「トットちゃん広場」の記者発表が行われる
7月東京・安曇野両館で、公式Facebookスタート
7月絵本『窓ぎわのトットちゃん』1・2巻セット刊行(文・黒柳徹子/絵・いわさきちひろ/講談社)
8月(財)日本青年団にて、ちひろが戦中、「女子青年団だより」のために描いたと思われる作品が見つかる
8月安曇野館にて、朝8時から開館する「朝のミュージアム」スタート(以来、毎夏開催)
10月安曇野ちひろ公園・トットちゃん広場予定地へ電車2両が移設される


10月安曇野ちひろ公園・トットちゃん広場のFacebookページを開設
12月『まるごとちひろ美術館』刊行(監修・高橋明也[三菱一号館美術館館長]/編集・ちひろ美術館/東京美術)
2015
平成27年
1月日本小児科学会の「子どもの総合医」広報ポスターに、ちひろの「母の日」が採用される
1月東京・安曇野両館にて、「戦後70年特別企画展」を開催
4月トットちゃん広場オープンにむけ「トットちゃん広場検定」をスタート
5月安曇野ちひろ美術館にてInstagramをスタート


8月『井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法』(講談社)の電子書籍の配信スタート
8月NHK「日曜美術館アートの旅 見つけよう、美 夏編」にて東京・安曇野両館が紹介される
12月いわさきちひろ生誕100年となる2018年に向けたプロジェクトが始動
12月GoogleのホリデーロゴDoodleに、ちひろの生誕97周年を記念したデザインが採用される

2016
平成28年
3月安曇野ちひろ美術館に、子どもの展示室(トットちゃんの部屋)新設

3月安曇野館にて、無線LANサービス(Free Wi-Fi)開始
3月安曇野館にて、近隣市町村別に入館無料デーを設定

4月国立成育医療研究センター、子どもホスピス「もみじの家」にピエゾグラフ作品を展示
5月東京館にて企画展「村上春樹とイラストレーター」開催
7月安曇野ちひろ公園に「トットちゃん広場」がオープン。松川村が公園の北側を拡充整備し、子どもたちが「食」「農」「いのち」について学べる場所に。トットちゃん広場には、『窓ぎわのトットちゃん』に登場するトモエ学園の講堂や電車の教室が再現

2017
平成29年

ちひろ美術館・東京が開館40周年、安曇野ちひろ美術館が開館20周年を迎える

2018
平成30年

いわさきちひろの生誕100年

ちひろ美術館の40年をダウンロード(28.5M)