2010→2021 日本の絵本

安曇野ちひろ美術館では、現在 「ちひろ美術館セレクション 20102021 日本の絵本展」を開催中です。 [202363()93() ] また、本展は秋に、ちひろ美術館・東京へ巡回します。

 本展にあわせ、出展作家の絵本を一部ご紹介します。

『もりのおくのおちゃかいへ』

みやこしあきこ・作
出版社:偕成社
出版年:2010年

ある冬の日、きっこちゃんは、おばあちゃんの家へ向かったお父さんを追って森を歩いていきます。到着した家をのぞくと、そこにいたのはお父さんではなく熊でした。雪の森で動物たちのお茶会に迷い込んだ少女の不思議な一日を描いた物語です。
この絵本は、少女が雪のなかをひとりで歩いている一枚の絵からストーリーを広げてつくられました。作者は、「最初にその絵を描いたときから、画材は木炭と鉛筆と決めていました」と語っています。木炭特有のざらついた強い黒とやわらかなグレーをいかして丁寧に描いた陰影が美しく印象的です。幻想的な世界へと誘われる一冊です。

 

『ぼくのこえがきこえますか』

田島征三・作
出版社:童心社
出版年:2012年

戦争に行ったぼくは、敵に鉄砲を撃ち、自らも敵の砲弾を受け、体が飛び散ります。見ることも聞くこともできないぼくは、なにかを感じ始めます。魂となったぼくは、人々の怒りや、憎しみや、悲しみを感じて、戦争の理不尽さをわたしたちに語りかけます。抽象的な形や激しい筆致で、奪われた尊い命や、深い悲しみを伝えています。
2011年から刊行が始まった日・中・韓 平和絵本は、絵本画家の田島征三、田畑精一、浜田桂子、和歌山静子が、中国と韓国の絵本画家に呼びかけ、過去の戦争について話し合い、3か国、12人の画家たちが協力して、戦争や平和について描いた、他に類を見ない絵本シリーズです。この絵本はそのなかの1冊として刊行されました。

 

『まばたき』

穂村弘・作 酒井駒子・絵
出版社:岩崎書店
出版年:2014年

蝶が花から飛び立つとき、時計の針が12時を指すとき、猫がおもちゃのねずみを見つめるとき、角砂糖を紅茶に落とすとき、目の前の女の子に呼びかけるとき……。何かが起きる直前、それはまばたきするほど短くも、永遠のように長くも感じられる「瞬間」かもしれません。
歌人・穂村弘の短いことばに対して3場面で展開するこの絵本は、同じ絵が2枚繰り返された後、その後のようすが描かれています。最初の2場面は、全く同じ絵に見えますが、よく見比べると色面にわずかな違いがあり、酒井駒子独特の、黒地を活かした筆致が際立ちます。読者によって異なる、ページをめくるペースからも「時間」を感じさせる絵本です。

 

『へいわってすてきだね』

安里あさと有生ゆうき・詩 長谷川義史・画
出版社:ブロンズ新社
出版年:2014年

「へいわってなにかな。ぼくは、かんがえたよ。おともだちとなかよし。かぞくが、げんき。えがおであそぶ。ねこがわらう。おなかがいっぱい。やぎがのんびりあるいてる。」2013年の沖縄全戦没者追悼式で、小学校1年生の男の子が朗読した同名の詩に、長谷川義史が絵をつけて絵本にしたものです。
長谷川は絵本を描くにあたり、安里君が住む与那国島を訪ねています。詩のなかにうたわれた長命草や与那国馬の姿を実際に目にし、限られた滞在のなかでも安里君とその家族、島の子どもたちとも交流を深めました。少年の素朴なこどばで紡いだ平和への思いを、青く輝く海と緑豊かな美しい島の自然のなかに、水彩の鮮やかな色彩とのびやかなタッチで描き出しました。「これからも、ずっとへいわがつづくように ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ。」という、素直でまっすぐなことばが心に響きます。

 

『ふしぎなともだち』

たじまゆきひこ・作
出版社:くもん出版
出版年:2014年

島に引っ越してきた少年ゆうすけは、初めて小学校へ登校して、少し他の子とは異なる言動をとる同級生に驚きます。その少年は自閉症をもつ、やっくん。学校では、生徒たちも先生も、やっくんといっしょに学んでいました。ふたりはやがて中学へ進学し、大人になっていきます。絵本『あつおのぼうけん』で養護学校に通う少年を描いていた田島は、移住先の淡路島で、自閉症をもちながら働いている男性について知ります。その男性の友人が語った、彼は障害者ではなく、友人だということばを聞き、本を完成させることができたといいます。淡路の畑や水平線の見える美しい風景が随所に描かれ、布とは異なる竹紙の質感が味わいをだしています。第20回日本絵本賞大賞受賞作。

 

『つきよのふたり』

井上洋介 文・絵
出版社:小峰書店
出版年:2015年

ページをめくるごとにさまざまななかよしふたりが登場します。てっきょうとポンポンじょうき(蒸気船)、ミミズクととけいだい、ダンゴムシとブランコ。思いもよらない組み合わせに想像力が掻き立てられ、月の光が照らす静かな夜のどこかの、ほかのなかよしを探したくなります。この絵本は作者井上洋介が亡くなる4ヶ月前に出版されました。自らの絵本の展開について、「起承転結というよりも、ページのイメージなんですよ。次に何が出てくるか、どういう絵が出てくるかが問題なんです」と語り、生涯自らのナンセンスの流儀を貫いたことがうかがえます。大胆で愛嬌のある描写と豊かな発想が、とても魅力的な絵本です。

 

『かえでの葉っぱ』

デイジー・ムラースコヴァー・文 関沢明子・訳 出久根育・絵
出版社:理論社
出版年:2012年

金色で片方のふちがピンク色をした1枚の葉っぱは、木から飛び立つのを楽しみに待っています。ある日、葉っぱは木を離れますが、石の間に挟まってしまいます。もっと遠くに行きたい葉っぱは、少年の手を借りて風に乗ります。そして葉っぱは川を下り、雪の下で春を待ち、やがて少年の前に戻ってきて旅で感じたことを語り、焚火のなかで燃え尽きます。
1970年代にチェコの作家が書いた短編作品に、チェコ在住の出久根が絵を描きました。葉っぱの旅が進むにつれて、四季は移ろい、自然は装いを変えてゆきます。チェコの美しい自然と清冽な空気感は、その地の自然に触れ、暮らしてきた画家ならではの描写です。出久根は、詩のように余韻のあることばに、テンペラ技法を用いた鮮やかな色彩を重ね合わせて描きました。

 

『はしれ、上へ! つなみてんでんこ』

指田和・文 伊藤秀男・絵
出版社:ポプラ社
出版年:2013年

2011年3月11日におこった東日本大震災。約600人の小・中学生が2㎞にわたって山へ走り、避難した釜石での実話をもとにした絵本です。「つなみてんでんこ」とは、「じしんがきたら、つなみがくる」「それぞれがにげて、じぶんでじぶんのいのちをまもる」という意味のことばです。
伊藤秀男は、「映像はたくさん残っていますけれども、絵で見たものは心に残りますから、描いておく意味があると思いました(中略)必死で逃げていく子どもたちを描くうち、僕は涙ぐんでしまいました」と語っています。4頁の大画面で描かれた津波の場面、手を取り合いながら必死で逃げる子どもたち、流される建物、水しぶきと冷たく湿った風……。津波の描写は生々しく、写実を超えたリアリティをもって、わたしたちの胸に迫ってきます。