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いわさきちひろ ぼつご 50 ねん こどものみなさまへ あれ これ いのち

いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ

ちひろから、いまのこどもと、かつてのこどもだったおとなのみなさまへ――
絵本画家・いわさきちひろが亡くなって、2024 年で 50 年が経ちます。この半世紀の間に、世界は大きく変わり、子どもたちを取り巻く環境も変わってきています。今の時代にちひろの絵が語りかけてくるものは……?
2024 年の 1 年間、ちひろ美術館(東京・安曇野)では、「あそび」「自然」「平和」の3つのテーマで、現代の科学の視点も交えてちひろの絵を読み解きます。展覧会のディレクターに、アートユニットの plaplax を迎え、子どもも大人も見るだけでなく参加したくなる、新しい展覧会を開催します。

自然と人とのいまむかし

ちひろは1974年に亡くなるまでの最後の22年を東京の下石神井(現在のちひろ美術館・東京)にある家で暮らし、働きました。この時期はまさに高度経済成長期と呼ばれる時期と重なっており、樹林や農地が宅地へと変貌し、自然が減少していった時期でもありました。ちひろは亡くなる2年前に「どんどん経済が成長してきたその代償に、人間は心の豊かさをだんだん失ってしまうんじゃないかと思います。(……)私は私の絵本のなかで、いまの日本から失われたいろいろなやさしさや美しさを描こうと思っています。それをこどもたちに送るのが私の生きがいです。」と語っています。失われたいろいろなやさしさ、美しさのなかには、身近な自然のことも含まれていたのではないかと思われます。
自然保護、自然再生の考えも、時代と共に変化してきています。今最も重要な課題は、人と自然の共生である、と本展の企画協力者である鷲谷いづみ氏は述べています。日本も1993年に締結している世界生物多様性条約では、2022年の国際会議において、人と自然が共存できる地球の再生のために、2030年、2050年への目標が設定されています。
ちひろの描いた作品のなかには、数多くの野の草花や生きものも登場します。自然ということばはあまりにも広いのですが、作品に描かれている身近な野の草花や生きものに注目することによって、見えてくることが多くあります。

図1 春の花とこぎつね 1964年

例えば、《春の花とこぎつね》(図1)の主役は手紙をポストに投函しようとしているこぎつねですが、その手前にはそれを隠してしまうほどの大きさで、さまざまな草花が描かれています。右側にはネコヤナギの木、左側にはキブシの花、手前にはハルリンドウ、スミレ、タンポポ、つくしなどが見られます。この絵のなかの植物を見て、鷲谷氏は「50年以上前には、東京区内でも武蔵野の田園で見ることができた在来の野生の花たち」だと述べています。ちひろが見て描いた自然を、次の世代にも残していく責任が大人たちにはあります。

図2 わらびを持つ少女『あかまんまとうげ』(童心社)より 1972 年

緑色を背景に、少女がまっすぐこちらを見つめている姿が印象的な少女像は『あかまんまとうげ』の表紙のための作品です(図2)。この絵本には、人が、目に見える形で自然の恵みを得て生きていた世代と、現代(当時)を生きる世代との違いが描かれています。山に住む祖父母の家へ行くことになった孫のかずこ。わらびを取りに行くことになったものの、町育ちの彼女は、最初はどれがわらびなのかもわかりません。しかし、おばあさんといっしょにつむうちに、上手に見つけられるようになっていきます。人と自然の共生を思い出し、取り戻すために、ちひろ美術館・東京の中庭にも、ふきやわらびなど、在来の植物を植え、小さな「共生の庭」として育てていく予定です。

紫の色から見えること

共生とは、ともに生きること。植物や動物、人間も同じいのちとして、お互いに持ちつ持たれつつ、お互いが生き延びる関係は、昔はできていたものの、強くなりすぎた人間の驕りと、経済優先の工業化社会により、多くの生物や植物が地球上から姿を消そうとしています。共生の関係は、色でも見ることができると鷲谷氏は語ります。「自ら動くことのできない植物は、動物に蜜や果肉などを餌として提供し、花粉や種子の運搬をまかせます。それは、動物は餌を得ることができ、植物は繁殖を成功させることができるwin-winの共生関係です。花や果実の色は、視覚に頼って餌を探し花粉やタネの運び手になる動物にその存在をアピールするため植物が進化させたものです。花や果実にもっとも多くみられる紫は、そんな共生関係を支える『共生の色』なのです。」例えばぶどう。私たちがおいしそう、と思うのは、その色からであり、それによって、ぶどうのタネの運搬がされてきたのです(図3)。

図3 ぶどうとふたりの子ども 1964年頃

ちひろの描く作品や絵本のなかには、紫を含む赤から青にかけた色がよく使われています。彼女が好んだという紫色。それは生態学的にも人間を含む動物が共通して好んだ色だったのです。

展覧会ディレクター:近森基 Motoshi Chikamori + 小原藍 Ai Ohara(plaplax)

インタラクティブな作品制作を軸に、展覧会の展示構成、空間演出、映像 コンテンツの企画制作など幅広く活動する。さまざまな手法やメディアを使って、創造的な学びや発見のある体験作りに取り組む。2018年「いわさきちひろ生誕100年『Life展』あそぶ plaplax」をちひろ美術館で開催。

無垢な子どもたち、美しい自然、平和への願い。
これらは、ちひろさんが生涯を通して描いたテーマです。
没後 50 年にあたる1年間、改めてこのテーマと向き合おうとしたとき、<科学の目>を通してみることを考えました。とはいえ難しい知識や情報を駆使するわけではありません。目の前のものの”ありのまま”をよく見て受け止め、そこから出発する。科学の目は、特別な人が難しいことを考えるためのものではなく、だれもが見慣れた風景を、新たな発見にあふれた豊かな世界に変化させるまなざしだと思ったのです。本来子どもたちは、そんな風に世界を見つめているかもしれません。
会場で作品を見たり触れたり、体を動かしたり。子どもも大人も「わあ!これはなんだ?」とわいわいいっしょになって進んでいく。そんな展覧会のあり方を目指しました。

企画協力:鷲谷いづみ Izumi Washitani(東京大学名誉教授/生態学、保全生態学)

理学博士。みどりの学術賞、日本生態学会功労賞などを受賞。筑波大学、東京大学、中央大学 で生態学・保全生態学の研究と教育に従事した。主な著書は、『にっぽん自然再生紀行』、『さと やま―生物多様性と生態系模様』、『生物多様性入門』(以上岩波書店)など。

生物多様性条約の世界目標は「自然との共生」。遠い昔からのヒトと自然との共生の場であったのに今はほとんどが失われた「野」。絶滅危惧種を含む野の花やワラビに子どもたちが親しむ情景が描かれた貴重な絵を鑑賞し、実物の植物がつくる小さな空間「共生の庭」で実感していただければと思います。ちひろさんの絵の魅力をひきたてている紫色は、生態系における植物が動物と共生関係を結ぶために進化させた花や熟した果実の色。赤から青までの濃淡さまざまな紫色を、共生の色として感性と知性で楽しむ展示もできればと思います。