いわさきちひろ スイートピーとフリージアと少女 1963年

-

いわさきちひろ 子どものしあわせ-12年の軌跡

いわさきちひろは、雑誌「子どものしあわせ」の表紙絵を1963年3・4月合併号から没する1974年までの12年間、毎月1冊のペースで描き続けました。臨時増刊号も含めるとその数は約150点にのぼります。子どもをテーマに自由に、デザインも含めてすべてちひろのセンスに任せたいという依頼に、ちひろは意欲的に取り組みます。

スイートピーとフリージアと少女「子どものしあわせ」(草土文化)1963年3・4月合併号表紙

スイートピーとフリージアと少女 「子どものしあわせ」(草土文化) 1963年3・4月合併号表紙

構図と線

前半の1968年までの作品は、主に鉛筆による線画で描かれています。出版社の制作費の都合で、一般的な4色のインキで刷るフルカラー印刷ではなく、刷り色を減らした2~3色刷りで、という制約があったからです。黒ともう1~2色を使って、線画で描いた子どもが印象的に見えるような画面構成に注力します。文字の位置を変えたり、窓をあけたり、部分的に色を抜いて白を生かすなど、さまざまな構図の工夫により、画面に広がりや奥行きをつくり出しました。
ちひろがこの時期に描いた鉛筆の線画は、線に無駄がなく、豊かな表情が魅力的な描線です。長年スケッチを重ね、自分の線を究めてきたちひろは、1966年から手がけた童心社の<若い人の絵本>シリーズを鉛筆と薄墨で描いています。

水彩のにじみ

1968年、ちひろは新しい絵本づくりに挑戦します。至光社の編集者 武市八十雄と制作した、絵で展開させる絵本『あめのひのおるすばん』は、揺れる子どもの心情をたっぷりと水を含ませた水彩のにじみで表現しています。感じさせることに重点をおき、説明的にならないよう一番大事なものだけを描く、そのために勢いを大事にする。こうした制作の指針は、その後のちひろの画風に大きな転機をもたらし、「子どものしあわせ」の表紙絵にも変化が生じます。「黄色い風船を持つ少年」では構図への意識よりも、子どもへの思い入れが強く感じられ、線にも流れるような勢いが見られます。
1969年5月号から表紙がフルカラー印刷となり、ちひろは水と水彩絵の具が自然に生み出すにじみの特徴を生かした画風を展開していきます。余白をたっぷりとった背景の白地を生かして印象的な色をにじませたり、にじみの色面のなかに子どものシルエットを白く塗り残した作品などが多く描かれます。子どものいる空間そのもの、刻々と変化する光、空気の温度や匂い、漂う情感を繊細なにじみの色合いで表現しているようです。

黄色い風船を持つ少年

黄色い風船を持つ少年「子どものしあわせ」(草土文化)
1968年11月号表紙

夏の宵の白い花と子ども

夏の宵の白い花と子ども「子どものしあわせ」(草土文化)
1969年7月号表紙

パステルから水彩へ

1970年、ちひろは至光社の3冊目の絵本『となりにきたこ』で、新たな画材としてのパステルに出合います。パステルは塗り込むことでやわらかな色面を表現できる画材ですが、ちひろはあえて線描に用い、大きめの紙に腕のストロークを使って勢いのある画面を描き出します。鉛筆の細やかな表現とは異なるパステルのダイナミックな線描の作品はこの年に集中的に描かれ、以降、ちひろはこの勢いを水彩の筆勢に生かしていきます。1973年には太い筆で素早く、表紙絵の版型にとらわれずに大きく描いた花や子どもの顔を大胆にトリミングした作品を発表しました。トリミングによって作品の一部分がクローズアップされ、新たな印象の作品があらわれたようです。見つめる対象のいのちの輝きを画面に写し取るようなちひろの気迫が伝わってきます。
晩年のちひろは能楽の世阿弥の『花伝書』を愛読し、その芸術観に共鳴していました。絵本『ひさの星』『戦火のなかの子どもたち』の制作で、説明的要素を省き、抑えた表現で余韻を感じさせる表現を心がけ、「子どものしあわせ」表紙絵でも精神性の高い作品を次々と描き出しました。

いわさきちひろ 夏の草むら 1973年

いわさきちひろ 夏の草むら 1973年

夏の草むら「子どものしあわせ」(草土文化) 1973年8月号表紙

夏の草むら「子どものしあわせ」(草土文化)
 1973年8月号表紙

創作意欲を開花させて

さらなる画境を模索していたちひろでしたが、1974年8月8日、55歳の生涯を閉じました。8月号の表紙「あかちゃん」が絶筆となりました。
日本子どもを守る会編集「子どものしあわせ」は、父母と教師を結ぶ雑誌でもあり、ちひろの絵のファン層を大きく広げました。戦争体験を持ち、世界の平和と子どものしあわせを願うちひろの想いと同じ書名の「子どものしあわせ」は、画家としての新たな表現を追い求めたちひろにとって、さまざまな試みに挑戦できる魅力的な仕事でした。
四季を彩る草花や小動物とともにいきいきとした子どもたちの姿が描かれたこの作品群は、ちひろの画業における各時代の代表作を生み出し、ちひろの絵の変遷を知るうえでも重要な指標となっています。

あかちゃん(絶筆)

あかちゃん(絶筆)「子どものしあわせ」(草土文化) 1974年8月号表紙