シクラメンの花のなかの子どもたち 1973年

ちひろのことばを紹介します②

戦争が終わってやっと、私は自分のこと、世の中のことがわかってきたような気がしました。
(中略)
そして、この戦争に反対して投獄されていた人びとがいたことも知りました。これはすごい感動でした。私はもう三十近くなっていましたが、これから、人間としてどう生きていかなくてはならないかということを切実に考えました。
―いわさきちひろ 1968年

1918年生まれのちひろは、26歳のとき東京大空襲で家を失い、その3か月後に疎開先の長野県松本市で敗戦を迎えます。
戦後初めて、太平洋戦争が日本の侵略戦争であったことや、
両親が国策に協力する立場だったために恵まれた生活を送っていたことを知りました。
絵本画家として生きたちひろは、晩年、ベトナム戦争が激化するなか「私のできる唯一のやり方だから」と
病をおして絵本『戦火のなかの子どもたち』を描き上げました。
戦争によって傷ついた子どもたちの姿は、静かに戦争の虚しさを語りかけています。

◆現在開催中のちひろ展では、ちひろが生前に遺したことばと絵を合わせて展示し、ちひろの人物像や創作の軌跡を紹介しています。
こちらでも、その一部をご紹介します。

◆開催中の展覧会: 5月15日(金)~7月20日(月・祝)
いわさきちひろ「とても素朴なんだけれどたいせつなもの、それが絵本の中にはあるんです。」
〈同時開催〉ちひろ美術館コレクション 魔法の絵本=絵本の魔法

いわさきちひろ シクラメンの花のなかの子どもたち『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

いわさきちひろ シクラメンの花のなかの子どもたち『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

ことば:「童画に託す私の夢」より「小二教育技術」(小学館)