谷川俊太郎の絵本

2024年11月13日、詩人の谷川俊太郎さんが92歳で亡くなられました。

ちひろ美術館では、2011年に東京で開催した「谷川俊太郎と絵本の仲間たち 堀内誠一・長新太・和田誠」展にはじまり、2018年の「いわさきちひろ生誕100年『Life展』みんないきてる 谷川俊太郎」展(安曇野)、2019年の「『ちひろさんの子どもたち』谷川俊太郎×トラフ建築設計事務所」展(東京)の開催にあたり、多大なご協力を賜りました。

また、2018年にはちひろの絵による絵本『なまえをつけて』(講談社)に詩を書きおろしてくださいました。2020年には、コロナ禍のなか、谷川さんの詩とちひろの絵で構成した絵本『ひとりひとり』(講談社)が刊行されました。

現在、ちひろ美術館・東京で開催中の「いわさきちひろぼつご50年 こどものみなさまへ みんな なかまよ」展(~2025年1月31日)では、この絵本『ひとりひとり』を起点に平和について感じ、考える展示を行っています。

今回のテーマブックスでは、谷川さんが手がけた絵本をご紹介し、わたしたちに届けてくれたメッセージを見つめ直します。

『ことばあそびうた』

谷川俊太郎・詩 瀬川康男・絵
出版社:福音館書店
出版年:1972年

15編の谷川俊太郎の詩が収められた絵本です。日本人に馴染みのある心地よいリズムに乗せて、あそび心たっぷりの詩が展開します。画家・瀬川康男は、この詩の美しい流れに感動し、自ら絵を描かせてほしいと願い出ました。

さる
さるさらう さるさらさらう さるざるさらう さるささらさらう さるさらささらう さるざるささらさらささらって さるさらりさる さるさらば

罫線で区切った枠内に、皿や笊(ザル)、簓(ササラ/竹などを束ねて作られる道具)、更紗(サラサ/模様染めの布)を、紐で括って全部持ち去ろうとする猿の姿が、独特の線描でユーモラスに描かれています。コマ割りのなかに詩の世界を凝縮した絵は、見る度に新たな発見があります。絵本のなかの文字も、活字ではなく画家自身の手で書かれました。
日本語のおもしろさと装飾美が一体となった1冊です。

 

『もこ もこもこ』

谷川 俊太郎・作 元永 定正・絵
出版社:文研出版
出版年:1977年

美しい色彩の抽象的な絵と、「もこもこ」「ぱちん!」といった擬態語や擬声語。両者が組み合わさることで、意味をもたないノンセンスな世界が広がっています。出版当時は、異質な前衛絵本として売れずにいましたが、意味を気にせず声に出して楽しめるオノマトペは、次第に子どもの読者を惹きつけました。さらに大人をも魅了していき、現在では150万部を超えるベストセラーとなりました。
最初の場面は、「しーん」ということばと、地平線のようなものから始まります。そこから奇妙な形が生まれ、徐々にあたたかな色彩を帯びながら、いきいきとその姿を変えていきます。となりに「にょきにょき」と新たな形が現れたり、丸い形が「ぷうっ」とふくらんだりと、たとえストーリーはなくても、つぎになにが起こるのかわくわくしながらページをめくってしまうおもしろさがあります。
作者の谷川は、前衛美術の作家である元永とニューヨークで出会いました。彼の創作に惹かれ、「何か一緒にできるんじゃないか」と感じていたことを振り返りながら、谷川は以下のように綴っています。
「彼の画面にはいつも生命の気配がある。どんな色を使っても、そこには或るぬくみがある。鮮明に画かれた形は、一瞬後には別の形に変化するのではないかと思わせるなまなましさに満ちている。形そのものに元永さんは常に生きて動いているものを見ているのだ。おそらく生れ出る赤んぼが常に新しい存在であるように、元永さんの創り出す形も新しい。見る者をそう信じこませてしまうおおらかな楽天主義、それが私をひきつけてやまぬのだろう。」*
形の表れ方や動きを自然と納得させてしまう、元永独自の表現と、谷川のオノマトペが紡ぐ展開が組み合わさることで、読者を楽しいノンセンスの世界へと導いてくれるでしょう。

*全国学校図書館協議会選定図書 初出「版画の現在」1978年10月号

 

『いちねんせい』

谷川俊太郎・詩 和田誠・絵
出版社:小学館
出版年:1988年

小学校に入学したころのことを鮮明に覚えている人は多いのではないでしょうか。初めて教室で出会った先生のこと、好きだったあの子のこと、けんかをしたときのこと、ふしぎだと思ったこと……。

てのひらで たいへいようをすくい
くじらに さんすうをおしえてもらう
だれにも とめられない
ゆめのなかで ぼくがまいごになるのを

この絵本には、谷川俊太郎による23篇の詩が収められています。子どもたちが日常のなかで感じることや、めぐらせる空想がみずみずしいことばでつづられています。まるで個性豊かな23人の小学1年生の心のなかを映しだしているようです。詩に合わせて描かれた和田誠の絵はシンプルで、屈託がない子どもたちをユーモアとともに描きだしています。丁寧にえがかれた輪郭線の微妙なゆれは、好奇心旺盛な子どもたちの心の動きをとらえているようです。

 

『よるのようちえん』

谷川俊太郎・ぶん 中辻悦子・え/しゃしん
出版社:福音館書店
出版年:1998年

谷川俊太郎が文を書いたと後で知った『よるのびょういん』は私の子ども時代の記憶に強烈に残っている1冊ですが、こちらは病院ではなくて幼稚園。夜なので、表紙は黒い空にカラフルな星。モノクロの写真が白黒反転して、幼稚園の建物が浮かび上がっています。「ようちえんには だれも いません みんな うちへかえりました」誰もいないはずが、下駄箱の間から、色と形がふしぎなものが見えるのはなぜ? 「そっとさんが かおおだしました そっとさんは きょろきょろりん」その次は「すっとさん」「さっとさん」「じっとさん」。にぎやかですね。「すりたかぼびぷにゃ わらべにくらど」なんだか楽しくなってきました。彼らは夜があけると、消えてしまいます。本の最後には、この文に谷川賢作が作曲した楽譜がついていて、さまざまな味わい方ができる1冊です。1999年ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)グランプリ受賞作。

 

『んぐまーま』

大竹伸朗・絵 谷川俊太郎・文
出版社:クレヨンハウス
出版年:2003年

「うやむやむ なむばなならむ」「ばーれ だーれ あまはんどら!」
鮮やかなピンクと紫のスプレーで描いたような色彩のなかから、不思議なピンク色の「なにか」が歩み始めます。
ピンクいろのなにかは、野に分け入り、水のなかを泳ぎ、家のなかで誰かに会い、歩みを進めていきます。ピンクいろのなにかの動きにあわせて、あかちゃんの喃語(なんご)ともとれるようなことばがつけられています。
最初に画家の大竹伸朗が絵を描き、それに谷川俊太郎がことばをつけてこの絵本は完成しました。あかちゃんを対象にした絵本に取り組むにあたり、ふたりはかなり悩んだといいます。谷川から「あかちゃんになったつもりで自由にやってください」といわれた大竹は悩んだ末に、自身の潜在意識のようなもの描ければと思い、コンピュータで遊ぶような感覚で描いた絵に行きついたといいます。大竹の絵に合わせて谷川は、「意識のいちばん下から『ことばにならないようなもの』」を求めて、ことばを探り当てました。絵とことば双方から意味を持たない原初的なエネルギーが感じられます。この絵本のテキストについて谷川は次のように語っています。「読みながら、日本語がもっているエロスみたいなものを感じてもらえるとありがたいですね。いまはことばが意味に偏っているから、それに対するプロテストみないな気持ちが、ぼくにはあるのね。」*

*「対談・スゴイ絵本がやってきた。」『月刊クーヨン』2004年3月号より

 

『にゅるぺろりん』

谷川俊太郎・文 長新太・絵
出版社:クレヨンハウス
出版年:2003年

「ぺろりん」「にゅるにゅるにゅる」「にゅるにゅるにゅる にゅわん」「にゅるにゅるにゅるにゅる にゅよーん」。子どもがペロペロキャンディをなめると、キャンディがにゅるにゅると横にのびて、動物や人、車とどんどんかたちを変えていき‥‥‥。“0歳のあかちゃんから大人まで楽しめる”「あかちゃんから絵本」シリーズの1冊で、長新太が先に絵を描き、後から谷川がことばをつけました。
谷川はこの絵本について「絵は視覚で味わうのが普通ですが、長さんの絵は視覚だけでは足りなくて、触覚、聴覚、味覚にまで訴えてきます。そういう未分化な感覚は幼児のものだけど、大人はそれをふだんは抑圧してるね。何かを舐めるという粘膜的な行為を、大人は恥ずかしいと感じる。自分の意識下を堂々と表に出せるのが絵本のいいところだとぼくは思っているんですが。」と語っています。声に出して絵本を読んでみると、ピンクやオレンジ、黄色の鮮やかな画面とことばのリズムが響き合い、そのおかしさに思わず笑いが込み上げてきます。長と谷川ならではのユーモアにあふれたナンセンス絵本です。

 

『もりのくまとテディベア』

谷川俊太郎・詩 和田誠・絵
出版社:金の星社
出版年:2010年
森のなかで暮らし、恋をして、子どもを産み、歳をとり、やがて死んでいくくまと、ショーウィンドウ、子ども部屋、屋根裏、アンティークショップと、いる場所だけが変わっていくテディベア。どちらも同じ「くま」ですが、限りあるいのちを生きるくまと、ただ古びていくぬいぐるみのくま、ふたりにはそれぞれ異なる時間が流れているようです。
本作は、『これはのみのぴこ』(サンリード、1979)、『あな』(福音館書店、1983)、『ともだち』(玉川大学出版部、2002)など、コンビで数多くの絵本を生み出した和田誠との最後の絵本です。和田との絵本づくりについて、「テキストを書いて渡せば、ほとんど理想的な絵がぱっとでてくる。(中略)どこか共通の感性をもっているし、ユーモアのセンスも似ている気がするんです。」*1と語った谷川俊太郎。安曇野ちひろ美術館で2018年に開催したトークイベントでは、和田や、チャールズ M. シュルツ(スヌーピーが登場する『ピーナッツ』の作者)が描く人物の目が“点”でしかないにもかかわらず表情豊かなことにふれ、「ぼくが好きな絵本作家は、子どもにおもねっていませんね」と評しました。*2
「生きているもの」と「いのちないもの」が交互に語られるこの絵本で、和田はふたつの存在を、森のくまは丁寧であたたかみのある筆致で、テディベアはシンプルな線と均質な色面で、それぞれ異なる絵柄であらわしています。いつか終わるいのちの豊かさを感じさせる絵本です。
*1 絵本ナビ 谷川俊太郎『ともだち』公開インタビュー(玉川大学にて) 2015年6月18日
*2 安曇野ちひろ美術館 谷川俊太郎によるトークと詩の朗読 2018年10月14日

『こわくない』

谷川俊太郎・ぶん  井上洋介・え
出版社:絵本塾出版
出版年:2014年

おばけも、つばを飛ばして怒る先生も、大きな目玉でにらみつけるかみなりも「こわくないったらこわくない」。夜は暗いものだから、先生は怒ることも仕事だから、かみなりは電気だと知っているから……繰り返される「こわくない」という言葉と、思わずどきりとする、迫力のある絵が対照的です。
本作は谷川俊太郎が童謡として書いた詩に「くまの子ウーフ」シリーズの作画や『でんしゃえほん』などのナンセンス絵本などで知られる、井上洋介が絵を描いた絵本です。ふたりは1931年生まれの同い年で、少年時代に戦争を経験しました。詩の「戦争なんてこわくない」から続く一文には、当時を生きた人間の実感が込められています。

『かないくん』

谷川俊太郎・作 松本大洋・絵
出版社:株式会社ほぼ日
出版年:2014年

「かないくんは しんゆうじゃない、ふつうのともだち。」入院したかないくんは小学校に戻ってくることはありませんでした。友だちの死を経験してから60年以上経って、その記憶を絵本として描こうとしているおじいちゃんはこういいます。「死を重々しく考えたくない、かと言って軽々しく考えたくもない」
谷川俊太郎は自身の詩のなかで度々「死」をテーマにしてきました。本作では、絵本作家のおじいさんとその孫娘の物語のなかに死を描いています。そこには谷川が自分自身や身近な人の生を見つめるまなざしが感じられます。絵を描いたのは漫画家の松本大洋です。絵本を描くのは初めてという松本は、鉛筆とガッシュによる写実的な描写で、文章とは異なる情景を緻密にとらえています。文章と絵のそれぞれの余白が響き合い物語を豊かに描き出しています。特色の白を使った印刷や、工夫を凝らしてデザインされた文字や装丁が文章と絵をよりあざやかに浮かび上がらせています。

 

『でんでんでんしゃ』

谷川俊太郎・ぶん  スズキコージ・え
出版社:交通新聞社
出版年:2016年

雨の日に「おーい ふーい どこにいるぅ あめなめらめるめ でんでんでんしゃ あめといっしょに ふってこーい!」と呼ぶと登場する、でんでんむし形の“でんでんでんしゃ”。
“ちっぽけぽけ”のでんでんむしは、“むくむく むくっと”大きくなって、子どもや動物たちを乗せて、野を越え山越え、虹の川や地下の世界を探検する旅にでます。道中、天使が登場したり、悪魔が隠れていたり……。さぁ、子どもたちはどうなるでしょうか。
ページをめくるたびに、迫力ある奇想天外な世界が広がります。
谷川俊太郎がつむぎだす、ちょっと不思議でリズム感あることばと、独創的で迫力いっぱいのスズキコージの絵が魅力たっぷり。声に出して楽しみたい絵本です。

 

『なまえをつけて』

谷川俊太郎・ぶん  いわさきちひろ・え
出版社:講談社
出版年:2018年

この絵本は、いわさきちひろの生誕100年となる2018年に出版されました。ふたりのコラボレーションは、ちひろの生前に新聞連載として発表された「みち」から数えて2作めにあたります。「みち」は、先に書かれた谷川の詩にちひろが絵をつけた作品でした。『なまえをつけて』では、ちひろが残した子どもの絵に谷川が詩を寄せて作られています。
ちひろの絵は絵本のサイズに合わせて大胆にトリミングし、子どもたちの顔が大きく見えるようになっています。谷川は制作時のことを「全体の絵を見ていたら、違う詩が生まれていたでしょうね。顔がアップになっていることで、ほかの情報にしばられない自由なことばが出てきました」と語りました。本のなかの子どもたちはみんな、読者をみつめて、さまざまなことを語りかけてきます。そのことばに耳を傾け、まわりの景色を自由に想像してみてください。*

*ちひろ美術館 企画・編集 「ちひろノート、Life」 株式会社求龍堂、2019年、116ページ

 

『へいわとせんそう』

たにかわ しゅんたろう・ぶん Noritake・え
出版社:ブロンズ新社
出版年:2019年

タイトル通り、へいわの場面とせんそうの場面がくり返されます。「へいわのボク」と「せんそうのボク」、「へいわのぎょうれつ」と「せんそうのぎょうれつ」など、見開きの左と右でそれぞれの場面を見比べることができます。「せんそう」は嫌だ。「へいわ」がいい。
後半になると比較が「みかた」と「てき」に変わります。「みかた」はいいひと?「てき」はおそろしいひと?
谷川の明快なことばとNoritakeのイラストレーションは、わかりやすく事実を伝えてくれます。唯一写真であらわされる場面は、絵本のなかでノイズのように深く印象に残ります。
平和と戦争について静かに問いかける絵本です。

 

『じべた』

たにかわしゅんたろう・文 くろだせいたろう・絵
出版社:橙書店
出版年:2021年

地面でなくて、じべた。まるで子どものようにかざらず、するどく。そこに、手描き文字と、クレヨンでぐぐぐ、と描かれた場面がじべた感に輪をかけます。「じべたはながされません」と読みながら、ああ、じべたってなんていいんだろう、と思います。最後のページに掲載されている、谷川俊太郎と黒田征太郎のプロフィール写真では2人ともそれぞれ、じべたにきもちよさそうにねそべっているので、ふふふと笑いながら自分も同じことをしたくなります。熊本の『橙書店』が発行している文芸誌『アルテリ』に谷川さんが詩を寄せたとき、「黒田さんと絵本をつくりたいな」といったことで始まった、同書店初刊行の絵本です。