
いわさきちひろ 窓辺の人魚姫 『にんぎょひめ』(偕成社)より 1967年
2025年、H・C・アンデルセン(1805-1875)は生誕220年を迎えます。ちひろは童話集や絵本などにアンデルセンの童話をくりかえし描き、物語をいかに表現するか工夫を重ねました。その原動力となったのは、時代や場所を超えて普遍的な人間の心情を描き出しているアンデルセンへの共感でした。本展では、ちひろの絵やことばを通して、アンデルセンの世界を紹介します。
本年、デンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-1875)は生誕220年・没後150年を迎えます。
貧しい靴職人の家に生まれたアンデルセンは、初め役者を志しますが、挫折や出会いを重ね、しだいに童話作家として知られるようになります。その生涯で「おやゆびひめ」「赤い靴」「みにくいアヒルの子」などおよそ160編の童話をはじめ、小説や旅行記、詩、戯曲などを生み出しています。それらは常に、アンデルセン自身の人生経験を投影する形で執筆されました。
アンデルセンを描き続けた画家ちひろ
ちひろは、画家として歩み始めた1040年代後半から晩年まで、アンデルセンの物語をくりかえし描きました。作品数は現存するもので800点を超えます。創作物語だけでなく24歳までの半生をつづった自伝にも挿し絵をつけています(図1)。

図1.家並みの前のアンデルセン『 わたしの少年のころ アンデルセンものがたり』(実業之日本社)より 1967年
「この作家にわたしはずいぶん学ぶことが多い。アンデルセンの童話のもっている夢がたいへんリアルであるということが現代のわたしたちの心にもつうじるのであろう」「なんかいかいても、なお工夫するたのしさを、わたしはいまだに失わないでいる」*1 ということばからも、アンデルセンに惹かれ、意欲的に制作をしていたことがわかります。
*1 「なかよしだより」455号(講談社)1964年
「絵のない絵本」を絵本にする
ちひろが好んでいたアンデルセンの著作のひとつ「絵のない絵本」は、屋根裏部屋に住む貧しい絵描きの青年に、夜ごと訪れた月が語った物語です。アンデルセンは、屋根裏に下宿した経験や各地を旅した経験をもとに、この連作短編集を書きました。ちひろは、紙芝居(図2)や童話集(図3)などに断片的に絵をつけながら、いつかほかの場面も描きたいと願ていました。

図2.木の上の人形を見つめるポールとアンナ『お月さまいくつ』(童心社)より 1958年

図3.第1夜 灯を流すインドの少女「絵のない絵本」『アンデルセン童話集』(講談社)より 1958年
1963年に旧ソビエトを訪れたときに北欧の雰囲気はつかんでいたものの、全編に絵を描くにあたっては、作中に登場するヨーロッパ各地を「お月さまが見たように私も歩かなければ」*2 と考え、取材旅行へ出かけます。1966年の春、アンデルセンが育った街オーデンセのほかパリ、ローマなどを1ヵ月かけて巡りました。彼が見た景色を知ることは、作品への理解を深めるために大切なことでした。この旅について「じかにこの目で見、ふれることのできる感動がどんなにわたくしを力強く仕事に立ち向かっていけるようにするかということをかみしめていました」*3 と語っています。
帰国後、『絵のない絵本』(表紙、図4)は若い人に向けた絵本という童心社の新たな企画として出版されました。対象年齢を上げたことで、原作にみられる人生の哀歓をていねいに汲んだ描写になりました。いきいきとした子どものすがたはもちろん、物思いに沈む青年のカットなども楽しんで描いたといいます。

図4.煙突掃除の少年『絵のない絵本』(童心社)より 1966年
*2 「アンデルセン幼年童話全集」第1巻月報(実業之日本社)1966年
*3 「ロマンツアー音楽世界めぐり1 北欧」(千趣会)1967年
「人魚姫」を絵本にする
アンデルセンの代表作「人魚姫」も1953年からくりかえし描き、イメージを培ってきました。1967年に出版された絵本では、海の底で王子を想う人魚姫の表情を繊細に描写し、波に乗る魚たちと対照的に揺らがない人魚姫の恋心をとらえています(図5)。

図5.王子を想う人魚姫『にんぎょひめ』(偕成社)より 1967年
人魚姫が王子の城につく場面では、ヨーロッパで実際に見た景色を生かして描かれたレンガ造りの建物が、画面に臨場感を与えています(図6)。

図6.王子の城についた人魚姫『にんぎょひめ』(偕成社)より 1967年
本展では、ちひろがアンデルセンの文章から想像を広げて思い描いた登場人物たちの姿や、ちひろがヨーロッパの旅行でスケッチした街のようすなども紹介します。ちひろが見つめ続けたアンデルセンの世界をご覧ください。
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