いわさきちひろ チューリップとあかちゃん 1971年

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かわいいものが好き― いわさきちひろ展

いわさきちひろは、幼い頃からかわいいものに惹かれ、その感性を持ち続けて大人になりました。それは、彼女の服や身のまわりの品々のみならず、作品にもあらわれており、読者を魅了する大きな要因となっています。本展では、ちひろの作品のなかから、いくつかの「かわいい」を選び、分析して紹介します。

小さい+小さい

『枕草子』に「なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし」、つまり、なにもかも、小さいものは愛らしい、と清少納言は千年以上前に書いていますが、人には、本能的に大きいものよりも小さいものをかわいいと感じる傾向があるようです。ちひろが描いたものには、小さいものを組み合わせているものが少なくありません。例えば 幼い子どもと、小さなぬいぐるみは、どちらも決して大きいものではありません。それらを一緒に描くことにより、それぞれの愛おしさも、より一層見るものに伝わるようです。

いわさきちひろ アヒルとクマとあかちゃん 1971年

無垢なしぐさ

なに気ない顔の傾きや指のかたちなど、見逃してしまいそうな一瞬のしぐさにも、子どものあどけなさはあらわれます。ちひろはそれをしっかりと捉えて描いています。手や指は、思いのほかさまざまな表情を可能にするものです。例えば、伝統的な踊りでも、手先・指の表現によって多くのことが語られます。同様に、ちひろが描く、あかちゃんが無意識に口にくわえた数本の指は、まだ幼い子どもならではの、その月齢のころにしか見られないしぐさをよく伝えています。

いわさきちひろ あかちゃんの外出 1967年

ちひろは、子どもの後ろ姿をいく度も描いています。そこに見られる、頭が大きくて丸く、まだどこか、バランスが悪いさまは、彼らが保護されるべき存在であることを思わせると同時に、いじらしさを感じさせます。そこには、幼い子どもも既に一人の人間として存在しているということが現れています。

いわさきちひろ チューリップとあかちゃん 1971年

ねこと犬

ちひろは動物も好きで、犬やねこにも彼女の愛情が感じられます。実際に家に飼っていたこともあり、「動物を描こうと思うときは、まず犬、それも家にいる雑種の犬、つぎはねこ」と語っていたようです。絵のなかに、主役ではなくてもさりげなく登場し、つぶらな瞳で読者の心を射とめる名脇役ともいえるでしょう。犬にはさまざまな種類が存在しますが、ちひろが描く犬はどことなくみな似ています。耳は短く、毛はあまり長くはありません。本人が語った雑種なのでしょうか。いずれも成犬より子犬で、子どもたちを見守り、一緒に遊んでいる仲間のようです。

いわさきちひろ 小犬と少年 1968年

 ねこはどうでしょうか。こちらも、ちひろにとっては身近な動物だったと想像されますが、写実的というよりは、ねこらしい要素をおさえつつも、足が短かったり目が丸かったりと、フォルムを単純化して描いていることが多いようです。小さい描写での、細かい描き込みは難しいと思われますが、それでも十分に存在感はあり、画面にリズミカルなにぎわいが生れるから不思議です。

いわさきちひろ 猫と子どもたち 1969年

小さき いきものたち

犬とねこ以外の動物を描くのはあまり得意ではなかったというちひろですが、いくつかの小さないきものは、繰り返し彼女の絵に登場し、画面にあたたかで、華やかな空気を醸し出しています。そのひとつが、蝶です。蝶は、ふわふわと飛ぶ姿や、見かける風景ののどかさとともに、「かわいい」アクセントを絵に足す役割を果たしています。羽を広げた形もリボンのようで、夢のような甘さも持ちあわせています。あたたかくなった春の庭を飛びまわる蝶は、希望のシンボルのようにも見えます。ちひろは、そんな蝶をたびたび絵に描いています。複数の蝶を画面に散らばらせることによって、まるで花畑のような華やかさが表現されます。

いわさきちひろ 蝶と子どもたちの幻想 1970年

「かわいい」という概念には近年さまざまな要素が含まれ、例えば「キモかわいい」というような、気もち悪く、敬遠したくなるようなものも、かわいいと評されることがあります。しかし、ちひろが好きで描いた「かわいい」は、時代を経ても、変わることのないものが中心でした。それは、多くの読者を対象にした印刷美術の世界ならではで、彼女の感性は、ひとりの画家の嗜好を超えて、広く私たちのこころに響き続けています。