岡本帰一 サンリンシャ「コドモノクニ」1926年2月号(東京社)より1926年
1910年代に子ども向けの雑誌「子供之友」や「赤い鳥」が相次いで創刊され、大正デモクラシーの機運を背景に、童話、童謡、童画の運動から芸術性の高い絵雑誌や絵本が生まれました。第二次世界大戦を経て、ちひろをはじめとする個性的な絵本画家たちにより、絵本は再び隆盛期を迎えます。今日まで100年におよぶ日本独自の豊かな絵本表現の軌跡をたどります。
ちひろ美術館は1977年の開館以来、絵本を人類の文化財と位置づけて活動をしてきました。ちひろ美術館・東京の開館40年を記念して開催する本展では、今日に至るまでの100年におよぶ日本の絵本の歩みを、当館コレクションも含めた貴重な資料と原画でたどります。
日本の絵本の100年、その歩みをたどるとき、激動の社会情勢に翻弄されつつも、子どもたちに希望や自由を手渡す理想をもって、脈々と連なる豊かな表現を見ることができます。本展が、今日まで受け継がれてきた絵本の文化を、誰もが絵本を享受できる平和な未来へと繋ぐ一助となることを願います。
1910年代~40年代前半―童画の誕生
1910年代、大正デモクラシーの機運を背景に、童話や童謡を中心とした子ども向けの雑誌が相次いで創刊されました。子どもたちに本物の芸術に触れてもらおうと、一流の作家や作曲家、画家が参加します。鈴木三重吉が主宰した童謡雑誌「赤い鳥」の創刊号を飾ったのは、清水良雄の絵でした。
「子供之友」では、漫画家の北澤楽天や画家の竹久夢二、村山知義らが起用され、子どもたちを楽しませる視覚的な要素が重視されました。
さらに、子どもたちに童話や童謡、季節の風物や行事などを絵を中心に伝える絵雑誌が生まれ、「コドモノクニ」を始めとする芸術性の高い絵雑誌を舞台に岡本帰一、武井武雄、初山滋といった画家が活躍し、「童画」という言葉が誕生します。文章のための添えられた絵ではなく、ひとつの独立した芸術として、童画は今日の日本の絵本の礎となりました。洒脱で都会的な童画のイメージは、当時の子どもたちに強烈な憧憬を掻き立てました。いわさきちひろも「コドモノクニ」に夢を抱いた子どものひとりです。絵雑誌は、次世代の絵本のつくり手や、芸術家に大きな影響を与えました。
しかし、昭和期に入り、日中戦争、第二次世界大戦による物資不足や出版統制があいまって、次第に絵雑誌のなかから自由で豊かな表現が消え、統廃合が繰り返されて、絵雑誌は衰退の一路をたどることとなります。
1940年代後半
1945年8月15日、日本は敗戦を迎え、それまでの教育は一転し、民主主義の国づくり、個の人格を尊重する教育が求められました。
敗戦翌年の1946年3月には、いち早く児童文学者協会が創立。その後、初山滋、武井武雄らが中心となり同年7月に日本童画会が結成され、活発な活動が始まります。
1950年代―「岩波子どもの本」と「こどものとも」
第二次世界大戦後、日本中に焼け野原が広がるなかで、民主主義という新しい思潮に支えられ、子どもたちに美しいものや、希望を与えるべく、絵本は再び息を吹き返します。石井桃子が編集長をつとめた「岩波子どもの本」では、高い水準の外国の翻訳絵本が刊行され、絵本のつくり手たちに刺激を与えました。このシリーズから、日本の作家と画家による創作絵本も生まれ、今日まで親しまれています。機関車を主人公にした『きかんしゃやえもん』もそのひとつです。
1956年、福音館書店は月刊絵本「こどものとも」を創刊します。編集長の松居直は、さまざまなジャンルから個性豊かな才能のある描き手を起用し、質の高い創作絵本を毎月刊行しました。初期の絵本のなかには、宮沢賢治の童話を茂田井武が描いた『セロひきのゴーシュ』の他、子どもの集団生活をちひろが描いた『みんなでしようよ』も含まれます。
「こどものとも」のテーマは、昔話や童話、子どもの生活に即した物語や科学など、その内容は多岐にわたります。子どもへの教条的な視点からではなく、子ども自身の発想に近づき、想像力や好奇心を刺激する内容は、子どもたちの人気を博し、繰り返し手に取られてきました。「こどものとも」では、横長の判型に横書きの文章も採用され、場面の展開を意識した絵本独自の表現が模索されるようになります。赤羽末吉の『だいくとおにろく』では、白黒とカラーのページが交互に展開し、「墨絵」と「大和絵」の表現で描き分けられています。日本の伝統的な美術の技法を取り入れて、格調の高い美しさと親しみやすさを見事に両立させています。
1960年代 ―あかちゃんから大人まで楽しむ絵本
1960年代に入ると、高度経済成長期の好景気を背景に、各出版社から趣向を凝らした単行本の創作絵本が刊行されるようになります。至光社では、編集長・武市八十雄が企画編集して、世界でも評価されるような芸術性の高い絵本づくりに取り組みます。ちひろと組んだ『あめのひのおるすばん』もそのひとつで、詩情豊かな絵で展開する絵本は、感じる心に訴えかけ、子どもだけではなく、大人も魅了しました。
一方で、あかちゃんを対象にした絵本も生まれます。童心社の編集長・稲庭桂子は、あかちゃんにも妥協のない文と絵による良い絵本をと考え、あかちゃん向けの絵本を企画します。『いないいないばあ』は、ことばのリズムと絵の展開で、乳幼児向けの伝承遊びを絵本にしたものです。松谷みよ子の文章、瀬川康男の絵、辻村益郎のブックデザインにより、あかちゃんの五感に訴えるミリオンセラーの絵本が誕生しました。
1970年代~1980年代 ―絵本画家の活躍
第二次世界大戦後の日本の出版文化や絵本の隆盛とともに、1960年代後半から絵本がひとつの芸術として認識されるようにもなりました。1973年には絵本評論専門誌「月刊絵本」が創刊され、さまざまな角度から絵本が論じられ、表現としての可能性が探られるようになります。また、1977年には世界初の絵本専門美術館としていわさきちひろ絵本美術館(現・ちひろ美術館・東京)が開館します。「絵本ブーム」とも呼ばれるこうした動向を背景に、自身の表現の場として絵本を選び、絵も文も手がける個性豊かな絵本画家の活躍が目立つようになります。
1964年に『ふるやのもり』で鮮烈なデビューをした田島征三は、春の山に芽吹く蕗をテーマにした絵本『ふきまんぶく』など土の匂いを発散する表現を展開します。田島の生命力あふれる力強い表現は、高度経済成長を経て、環境汚染などが問題となるなか、自身もごみ処理場建設反対運動などに関わり、生活のなかから切実な訴えとして出てきた表現といえます。
新たに絵本の読者層として広がった大人に支持された絵本のひとつに安野光雅の絵本があります。『旅の絵本』は、画集として楽しむこともできる絵本ですが、場面ごとに名画や童話のモチーフなどが描きこまれていて、文字がなくても絵から豊かな物語が広がり、絵を読むことの楽しさが感じられます。安野は、1980年代に赤羽末吉に続き、国際アンデルセン賞画家賞を受賞し、日本の絵本が世界でも注目される契機をつくりました。
1980年代は先行する20年間と比べると新奇な表現が続々と出てくる状況ではありませんでしたが、画家がそれぞれのテーマを深めるなかで幅広い表現が生まれました。丸木俊は、夫の位里とともにライフワークとして取り組んできた原爆をテーマに、ひとりの少女の被爆体験を通して平和を訴える絵本を描きました。
いわむらかずおは、自然に囲まれた場所に家族と移住し、四季折々の自然を見つめるなかで、ネズミの大家族をテーマにした「14ひき」シリーズに取り組み始め、自然の恵みに感謝してつつましく暮らすなかで得られる豊かさを描いています。
1990年代 ―新たなイメージの表出
1991年、編集者で、絵本書店を主宰する土井章史のプロデュースで「イメージの森」と題した絵本シリーズが刊行されました。読者を子どもに限定せず、既成概念の枠組みを外すことで、豊かなイメージを表出する12冊の絵本が生まれました。伊藤秀男の『海の夏』もその1冊で、自身の娘が過ごした夏休みをテーマに、ひとつの画面にさまざまな情感を喚起させるイメージが重層的に描かれています。
こうした自由なイメージの表出に先鞭をつけた画家のひとりが、長新太です。1950年代後半から絵本の世界で活動を続けてきた長は、70年代には『ちへいせんのみえるところ』を始め、先鋭的なナンセンスの絵本を次々と世に送り出し、1980年以降、漫画で培った線と鮮やかな色彩による自由闊達な筆致で「キャベツくん」シリーズなどで子どもたちから絶大な人気を博し、90年代以降は『ゴムあたまポンたろう』など、さらに自由な感覚で独自のナンセンスの地平を切り拓きました。
2000年代 ―いのちを見つめなおして
21世紀が始まって間もなく、私たちが直面したのは、2001年同時多発テロの衝撃的な映像でした。それに続く2003年のイラク戦争の報道に、子どもやいのちをテーマに取り組んできた絵本のつくり手たちは敏感に反応しました。長谷川義史の『ぼくがラーメンたべてるとき』は、子どもの視点から今、世界で起こっていることを見つめ、問いかけています。
続いて、2011年に起こった東日本大震災とそれに伴う原発事故は、絵本のつくり手たちにとって、改めて絵本の役割を問い直す大きな契機ともなりました。
2000年代以降、インターネットやモバイル端末の普及が急速に進み、個人が日常的にコンピュータやインターネットを介したコミュニケ―ションを行うようになり、絵本の在り方もこの100年のなかで最も大きく変化しました。新たなテクノロジーを使った表現が生まれる一方で、再び絵本にとっての根源的なテーマに向かい合い、絵筆を使って、いのちや自然、人々の絆を描くことに取り組み続ける絵本画家たちもいます。荒井良二もそのひとりで、イラク戦争が起こった年に描いた『はっぴいさん』、東日本大震災の年に描いた『あさになったのでまどをあけますよ』、そして昨年刊行された『きょうもそらにまるいつき』と、絵画的な表現を深化させながら、平和な日常の尊さや、ぬくもりのある居場所の確かさ、そして祈りを絵とことばで伝えています。
<展示関連イベント>
対談「日本の絵本の過去・現在・未来」小野明×土井章史
○日 時:11月12日(日) 15:00~16:30
○講 師:小野明(編集者・装丁家)・土井章史(編集者・トムズボックス主宰)
○定 員:60名
○参加費:600円(別途入館料がかかります)
野上暁 講演会「戦時下の言論統制と絵本」
○日 時:12月2日(土) 16:00~17:30
○講 師:野上暁(児童文化評論家、日本ペンクラブ常任理事)
○定 員:60名
○参加費:600円(別途入館料がかかります)
童画・絵本の歩みをたどる 90th・100th割 【相互割引】
印刷博物館「キンダーブックの90年―童画と童謡でたどる子どもたちの世界―」(10/21~2018.1/14)と、ちひろ美術館・東京の「日本の絵本100年の歩み」(11/8~2018.1/31)の会期中、入館料の相互割引を実施します。
詳細はこちら → https://chihiro.jp/tokyo/news/529215/
<定例のイベント>
ギャラリートーク
毎月第1・3土曜日 14:00~
会期中の開催日:11/18、12/2、12/16、2018.1/6、1/20
出展作家
(敬称略・五十音順)
出典作家による展覧会のご紹介
あべ弘士
「あべ弘士原画展 とらのまき」2017.11.3-12.24(Galleryプルプル)
いせひでこ
「ネコたち大活躍絵本原画展」2017.9.22-11.14(絵本美術館&コテージ森のおうち)
かこさとし
「キンダーブックの90年―童画と童謡でたどる子どもたちの世界―」2017.10.21-2018.1.14(印刷博物館) 「かこさとし展」2017.11.1-11.30(小さな駅美術館)
片山健
「片山健 模索する線と色彩の世界」2017.9.23-12.3(八ヶ岳 小さな絵本美術館)
田島征三
「野生展 Wild: Untamed Mind」2017.10.20-2018.2.4(21_21 DESIGN SIGHT)
「もしもし、マムシ?なーにしてらん?」2017.10.28-11.28(絵本と木の実の美術館)
丸木俊
「おばあちゃん画家の夢 丸木スマ展」2017.9.9-11.18(原爆の図丸木美術館)
(敬称略・五十音順)
※ 安曇野ちひろ美術館で開催された同展と内容を替えて開催です。
安曇野での出展作家等については下記ページをご覧ください。
【開館20周年記念 Ⅲ】日本の絵本100年の歩み
(7月8日~9月12日)
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