谷内こうたの絵本
安曇野ちひろ美術館では、現在 「谷内こうた展 風のゆくえ」を開催中です。 [2022年9月10日(土)~12月4日(日) ] また、本展は来夏、ちひろ美術館・東京へ一部作品を替えて巡回します。
本展にあわせて、「谷内こうたの絵本」をご紹介します。
『つきとあそぼう』
内藤初穂・文 谷内こうた・絵
出版社:至光社
出版年:1979年
星のない夜空に、ぴんと張りつめた満月が浮かんでいます。丸いゴムまりみたいに、ふれればポンと弾んでいきそう。雲のなかから、とんがり帽子をかぶったピエロのような人が現れて、月をボールにして遊びはじめますが、大きな雲が月をかくしてしまい……。
黒に近い深い紺色の夜空を背景にして、月とたわむれる人の姿や雲が白く浮かび上がるように、モノトーンで幻想的に描かれています。絵本にそえた画家のことばで、満月を「ゴムまり」に例えたように、谷内の絵本には“見立て”の手法がよく使われています。完成した絵をもとに後から文をつけた内藤は、「わたくしの仕事は、かれの童心を大切にすることである。その仕事のおかげで、わたくしはすっかり忘れてしまっていた幼いころを思いだした。」と記しています。誰の心にもあったはずの子ども時代の繊細な感受性に支えられた谷内の絵本は国境を越えて高く評価され、1981年BIB金のりんご賞を受賞しています。
『ぼくだけの にんぎょう』
谷内こうた 文・絵
出版社:至光社
出版年:1983年
影が映る部屋のなか、ぜんまい仕掛けの人形が動き出します。シンバルを持った人形は窓辺に立ち、子どもを真っ暗な外へと誘います。人形と子どもがたどり着いた草原には楽器を持つ奏者がつぎつぎと降り立ち、音楽を奏でます。
この絵本の一番の特徴はほとんど文字が描かれていないことでしょう。読者は絵から物語を読み解くほかありません。描かれている絵はシンプルで余分な情報はありません。シンプルな絵だからこそ集中し、耳をすまして絵のなかの音が聞きたくなり、ことばや音楽を自由に想像する楽しみが生まれます。あとがきで谷内は「この絵本を見てくださる人それぞれが それぞれに それぞれの音楽をきいてくれたらうれしく思います」と書いています。読むときの気持ちや時間が変わるたび、毎回ちがう音楽が聞こえてきそうな絵本です。
『のらいぬ』
蔵冨千鶴子・文 谷内こうた・絵
出版社:至光社
出版年:1973年
夏の砂浜に一匹の黒い犬がいます。犬は砂山で昼寝をしていた少年と出会い、連れだって灯台へとかけていきます……。
谷内はドイツ滞在中にこの絵本を油絵で描きました。海辺の情景には、制作直前に旅したスペインの海辺の都市マラガの印象や、幼いころ茨城県で漁師をしていた親戚の家に滞在したときの思い出が重ねあわされているようです。
詩のように短いことばと、説明的な要素をそぎ落とした絵からは、波や風の音しか聞こえてこない静けさ、真夏の太陽に灼ける砂の温度、熱気を帯びた潮風が伝わってきます。薄い雲が広がる空と、海の青、浜辺の薄いベージュはやわらかな色調で描かれ、黒い犬を際立たせています。結末を読み手にゆだねた物語と白昼夢のようなイメージは不条理小説のような余韻を残しています。
本作は、東京アートディレクターズクラブ主催のADC賞を、1979年にはBIB金のりんご賞を受賞しています。
『かぜのでんしゃ』
谷内こうた 文・絵
出版社:講談社
出版年:1982年(現在、絶版)
目を閉じれば、緑の丘の向こうからやってくるかぜのでんしゃ。かぜのでんしゃはぼくを乗せて、トンネルの先へ、雲を飛び越えて、どこまでも連れて行ってくれる……。
谷内こうたは、本作のほかにも、『ぼくのでんしゃ』『なつのあさ』など、電車をテーマにした絵本を描いています。『なつのあさ』で、子どものころ多摩川の土手で遠くを走る汽車を見た、その時経験した空気を出したかったと語った谷内。彼の描く電車は、空も地上も関係なく、自由にどこまでも走っていく、幻想的なイメージが共通しています。
至光社以外から初めて出版された絵本『かぜのでんしゃ』は、もともと絵本ではなく、ドイツのテレビのために描いた絵からつくられたといいます。ページをめくるたびに切り替わる視点や、電車の進行方向へズームインしていく構図は、動画的な躍動感も感じさせます。
谷内こうたが35歳のときに手がけた本作は、出版の翌年、講談社出版文化賞絵本賞を受賞しました。
『ぼくたちの やま』
谷内こうた 文・絵
出版社:至光社
出版年:2018年
「ゆきが ふってきた」という印象的な場面からはじまる作品。ある山を背景に、ゆったりとした自然のなかで、雪が降り、そして溶け、木々が緑になり花が咲き、一年がめぐっていくようすや、そのなかで過ごすひとびとが描かれています。ページをめくると、それぞれの季節の空気や香り、音までも伝わってくるようです。
谷内は、2011年の東日本大震災の後におきた、福島の原発事故に心を痛めていました。
また、2017年の春にこの世を去った、谷内の長年の理解者であった至光社の武市八十雄にこの絵本を捧げました。
あとがきで谷内は、「(武市)氏は 理論で理解することも大事ですが、感じること、情で解することの大切さを絵本の世界に求めていました。(中略)この本を見てくださる方がそれぞれに、季節の移ろいを感じてくださればと思っています。」と書いています。
谷内の描く美しく、やさしい里山の風景に、どこか懐かしい気持ちになるとともに、移ろう季節の瞬間を大切にしたいと思う絵本です。
『かえりみち』
谷内こうた 絵・文
出版社:至光社
出版年:1978年
夕陽に街並みが赤く染まるころ、地面にはさまざまな形の影が伸びています。谷内はこの絵本で、どこかからの帰り道に伸びる影に注目し、丹念に描きました。
1場面目には鳩とその足元に伸びる影が、2場面目は見開きで、飛び立つ鳩とそれを見る人物の影だけが現れます。3場面目には影の持ち主である少年が登場し、「かえりみち」と短いことばが添えられ、読み進めると、この少年が夕方に友達とバスケットボールをして遊んでいたことが分かります。自分の影、バスケットボールの影、友達の影、建物の影など、少年は帰り道に広がるさまざまな影に気が付きます。
画面は流れるように移り変わり、影を見る少年の視点から徐々に引いて俯瞰になり、また近づいてクローズアップになっていきます。谷内が書いた文章との調和も美しい、詩情あふれる一冊です。
『にわかあめ』
武市八十雄・文 谷内こうた・絵
出版社:至光社
出版年:1977年
突然降り出した雨。雨宿りする場所を求めて1匹の白い蝶と3人の少年が、同じ木の下へと逃げ込みます。蝶と少年たちは互いの存在に気付かないまま、雨が上がると、それぞれの場所へと去って行きます。絵本に寄せて、谷内は、「(前略)今回はただただ自然のひとこまを描きたかったのです。(中略)自然の中ではむしろ多くのことが、こんなふうに出会いなきまま、それぞれの世界に生きているように思えるからです」と記しています。
「雨の風景を描きたかった」というこの絵本では、全体を通して、青と緑が使われています。空を覆う雨雲からポツリポツリと小雨が降り出し、土砂降りの雨に煙った後、雨上がりの光が差し込んでくる——、頁をめくる毎に、その色彩は微妙な変化を見せます。にわか雨の一時を舞台に、刻々と移り変わる光とそこに立ち込める空気が、画家特有の繊細な色彩で描き出されているのも印象的です。
『にちようび』
谷内こうた 文・絵
出版社:至光社
出版年:1997年
木でできた列車が食卓の上のコップの影からあらわれて、おもちゃの小人を乗せていきます。テーブルのはしにくると、列車は飛んで床の上をさらに進み……。自然の風景を主なモチーフに絵本を描いてきた谷内としてはめずらしく、室内が舞台となっています。朝の光のあたたかさや、日曜の朝のゆったりとした家のなかの空気が感じられ、そこを誰に知られることもなく動く列車の姿はユーモラスでもあります。谷内によるテキストは最初と最後に短く添えられているだけで、読者は絵のなかの世界にひきこまれていきます。
谷内が、『すいぞくかん』(講談社)を出版した後10年ぶりに描いたこの絵本には、その間に手がけた多数の週刊誌の表紙のためのイラストレーションの蓄積も感じられます。
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