ちひろのことばを紹介します③
つとめをやめて、絵だけかいて生きていける。
——私は一生けんめいになりました。
いわさきちひろ 1965年
戦後、絵を学ぶために上京したちひろは、文も絵もかく記者として働き始めます。
叔母の家に下宿しながら、昼間は記者として働き、夜に絵の勉強をする生活を送りました。
そして1947年ころ、ちひろはアンデルセンの童話「お母さんの話」を紙芝居にしてほしいと依頼されます。
「ペンをつかったり、パステルをつかったり、何もかもごちゃまぜにした、どうしようもないような絵を何枚もかいたのですが、しあわせでしあわせでたまりませんでした」と、ちひろは語っています。
この仕事をきっかけに、ちひろは新聞社を辞め、画家として自立することを決意しました。
◆現在開催中のちひろ展では、ちひろが生前に遺したことばと絵を合わせて展示し、ちひろの人物像や創作の軌跡を紹介しています。
こちらでも、その一部をご紹介します。
◆開催中の展覧会: 5月15日(金)~7月20日(月・祝)
いわさきちひろ「とても素朴なんだけれどたいせつなもの、それが絵本の中にはあるんです。」
〈同時開催〉ちひろ美術館コレクション 魔法の絵本=絵本の魔法

ことば:「アンデルセンの絵と私」より「母のひろば」(童心社)

いわさきちひろ バラの花束を抱える母親 1947年頃
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