75年前の3月10日

いわさきちひろ 焔のなかの母と子 『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

75年前の3月10日、「東京大空襲」により東京下町の大部分が焦土となりました。春の大風により、火は勢いを増して燃え広がったといわれています。

東京都は、前年11月から106回の空襲を受けましたが、なかでも1945年3月から5月は大規模なものでした。ちひろは、5月の空襲により家を焼かれています。このときのことを次のように語っています。

真横に流れるいちめんの火の海のなかを、家族とばらばらになった私は、川のある方のあき地へ逃げてバケツで水をかぶっていました。空襲がやんで夜が明けてから、すっかり焼け野原になったわが家のあとにもどってきて、まず近所の人々と、おたがいの無事を涙でたしかめあいました。硝煙のたちのぼる白っぽい朝の光のなかでした。(いわさきちひろ 『わたしのえほん』《新日本出版社》より抜粋 1968年)

ちひろは26歳でした。この体験は、平和と世界中の子どもたちのしあわせを願う、ちひろのその後の生き方につながっています。また、ちひろ美術館・東京から西へ約5㎞の地には、当時空襲の標的となった飛行機工場がありました。ちひろの体験と思いが、より身近に迫ってきます。

(K.R.)

※ちひろ美術館・東京は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、2020年3月4日(水)から3月15日(日)まで臨時休館中です。