ちひろ 子どもは平和のシンボル 見どころ紹介②
戦争と子どもたち

ちひろ美術館・東京で開催中の「ちひろ 子どもは平和のシンボル」。
その見どころを、何回かにわけて紹介していきます。

8月15日は、第二次世界大戦に日本が負けた日です。
いわさきちひろは、疎開先の両親の故郷・信州でその日を迎えました。「戦いが終わった日、心のどこかがぬくぬく燃え、生きていく喜びがあふれだした。忘れていた幼い日の絵本の絵を思いだし、こどものころのように好きに絵を描きだした。」と後日、そのときの気持ちを記しています。

翌年の1946年春、ふたたび絵を学び、描くために上京したちひろは、当時の子どもたちのようすもスケッチしています。

いわさきちひろ 男の子を背負う少女 1948年

いわさきちひろ 3人の子どもたち 1940年代後半

敗戦後、町は荒れて物資もなく、貧しかった日本では、子どもたちも生きるのに必死でした。数万人が戦災孤児として親や家族を亡くし、厳しい状況におかれるなか、戦後制定された日本国憲法の精神のもと、子どもたちを守るために児童福祉法(1947年)、さらに児童憲章(1951年)が制定されていきます。

ちひろは、多感な娘時代に第二次世界大戦を体験し、戦後に、その戦争で何がおきたのか、ということを知ります。子どもの文化に関わった多くの人たちのように、二度と戦争は繰り返してはいけない、という想いをもちました。1960年代からベトナム戦争の戦況を知り、いてもたってもいられなくなります。なにかしなければ、という想いで、病身をおして制作した絵本『戦火のなかの子どもたち』の後書きに、彼女はこのように書いています。「戦場にいかなくても戦火のなかで子どもたちがどうしているのか、どうなってしまうのかよくわかるのです。子どもは、そのあどけない瞳やくちびるやその心までが、世界じゅうみんなおんなじだからなんです。」

いわさきちひろ 少年『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

いわさきちひろ ものかげからのぞく少女『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

今も世界の各地では、残念なことに戦争が続いています。ウクライナ、ガザ、スーダン……。敵も味方も同じ人間、同じ子どもです。

いわさきちひろ オルジョニキーゼ号 デッキチェアに座る子どもたち 1963年

いわさきちひろ タシケント スカーフをしたピヨニールキャンプの子どもたち 1963年

🕊夏の展覧会:7/25(土)~10/25(日)
ちひろ 子どもは平和のシンボル
《同時開催》武田美穂展 絵本づくりはドキドキなのだ!