展覧会紹介 「くらし、えがく。ちひろのアトリエ」その④

今回の展覧会では、いわさきちひろの仕事が充実していた1972年にも焦点をあてて、紹介しています。ちひろが53歳の年です。その2年前には石神井の自宅の1階部分をさらに増築して(設計:奥村まこと)母・文江をひきとり、アトリエのある自宅には、夫・善明とその母親、この春2浪の後にようやく藝大に合格した一人息子の猛、そしてお手伝いさんなど多くの人たちがともに暮らしていました。
ちひろはこう語っています。

「夫がいて子どもがいて、私と主人の両方の母がいて、ごちゃごちゃのなかで私が胃の具合が悪くなって仕事をしていても、人間の感覚のバランスがとれているんです。そのなかで絵が生まれる。大事な人間関係を切っていくなかでは、特にこどもの絵は描けないんじゃないかと思います。」

増築した母文江の居室の縁側にて1972年春

家族らにも心をくばりながら、ちひろは世界にも目を向けて絵を描き続けます。
1972年の5月には、所属していた童画ぐるーぷ車の展覧会のために、ベトナムの子供をテーマにした3点の絵を出品。この年に、ベトナム戦争へ出かけていく母親と、彼女を待つ子どもたちを題材にした『母さんはおるす』(新日本出版社)のための絵も描いていたちひろは遠いベトナムの子どもたちを案じていました。

いわさきちひろ 学校ごっこ『母さんはおるす』より 1972年

出品されていた絵を見た編集者に、その絵をもとに絵本をという依頼をうけ、ちひろは体調を崩していたものの、引き受けます。翌年、最後に完成させた絵本となった『戦火のなかの子どもたち』には、ちひろがアトリエに飾っていた、シクラメンの花も登場します。

「赤いシクラメンの花は きょねんもおととしも そのまえのとしも 冬のわたしのしごとばの紅一点 ひとつひとつ いつとはなしにひらいては しごとちゅうのわたしとひとみをかわす。」

 

いわさきちひろ シクラメンの花のなかの子どもたち 『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

 

 

 

アトリエにて1972年頃

◆開催中の展覧会
くらし、えがく。ちひろのアトリエ
2022年10月8日(土)~2023年1月15日(日)

平日限定 ちひろのアトリトーク 開催