田島征三の絵本

安曇野ちひろ美術館では、現在
<企画展>田島征三展『ふきまんぶく』―それから、そして、今―
を開催中です。 [2020年3月1日(日)~2020年5月11日(月) ]

展覧会にあわせて、「田島征三が手がけた絵本」をご紹介します。

『しばてん』

田島征三・絵と文
出版社:偕成社
出版年:1971年

妖怪の「しばてん」に相撲をしかけられ、痛めつけられて困っていた村人たちは、暴れ馬を使って、しばてんを退治します。そのすぐ後に、村で見つかった捨て子は太郎と名づけられて、村人たちに育てられました。相撲好きのガキ大将に育った太郎は、村の相撲大会に参加して、大人たちを次々と投げ飛ばしてしまいます。その様子を恐れた村人たちから、太郎はしばてんの生まれ変わりだといわれ、村から追い出されてしまします‥‥‥。
この絵本は、1962年、田島が22歳のときに自費出版した手刷りの絵本をもとに、田島自身がリトグラフで再制作したものです。画面からはみ出すくらいに勢いのある激しい筆致やユーモラスにデフォルメされた形で登場人物がとらえられ、どの場面にもおおらかさと力強さが感じられます。そこには、民衆や“まつろわぬもの”であるしばてんへの共感ととともに、民衆を抑圧する支配者や、異質な存在を排除しようとする集団真理への糾弾が鮮烈に映し出されています。昔話の形をとりながら、現代にも通じる鋭い批判精神に貫かれたこの絵本は、絵本画家・田島征三の原点を示しているといえるでしょう。

『ふるやのもり』

瀬田貞二・再話 田島征三・画
出版社:福音館書店
出版年:1965年

ある晩、じいさんとばあさんの子馬を狙って、泥棒とオオカミが家のなかに潜んでいました。そうとは知らずにじいさんとばあさんは「怖いもの」の話をはじめます。泥棒もオオカミも怖いが、もっと怖いのは「ふるやのもり」だと。暗い色調で描かれたワイルドで動きのある場面展開に、得体のしれない化け物「ふるやのもり」に翻弄される泥棒とオオカミの恐怖と緊張感が高まります。鳥取県に伝わる民話をもとに瀬田貞二が再話しました。田島征三のデビュー作、現在でも人気を博すロングセラーの絵本です。

『はたけうた』

田島征三・作
出版社:福音館書店
出版年:1985年

春は「ハハハ みどりの キャベツと レタス」、夏は「とっても うれしい みのりの きせつ とっても とっても また なる ピーマン」、「あきは とりいれ あずきに だいず ヨイショ」、「しもが おくころにゃよ こいもも ふとる」――。
音頭のリズムにのせて、四季の大地と、芽吹いて育つ野菜の躍動感が描かれた絵本。頁をめくるたびに、鮮やかな色彩で描かれた存在感あふれる野菜が登場します。抽象化した形、フラットな色面、ビビッドな配色……、リトグラフで描かれたこの作品について田島は、「自分の画風からも自由になれた」と語っています。
グラフィカルな表現のなかに、生命の力強さと大地への賛歌を謳った本作は、田島征三の新たな魅力を放つ1作となりました。

『とべバッタ』

田島征三・作
出版社:偕成社
出版年:1988年

おそろしい敵に食べられないように、一匹のバッタが小さな茂みのなかに身をひそめて暮らしていました。毎日びくびくしながら生きることが嫌になったバッタはある日、覚悟をきめて石のうえで日向ぼっこをはじめます。次々とおそいかかるヘビやカマキリ、クモや鳥を無我夢中で蹴散らし、雲を突き抜ける大ジャンプで逃げおおせますが、力つきて空から真っ逆さま。そのとき、バッタは使ったことのなかった背中の羽に気がつき。
田島は当時、自給自足を目指して東京都西多摩郡日の出村(現・日の出町)で農耕生活を営んでいました。「畑でしゃがんで草むしりなどしていると、土塊の小さいのが飛んできたかと思っていると、ヒシバッタだったりする。(中略)人間なんか気がつかないところでちゃんと恋をして、子を産み、けなげに生きているんだ。」*と記した田島は、土のうえで繰り広げられる生命のやりとりを実感していたのでしょう。激しい筆致でエネルギッシュに、ときにユーモラスに描かれた虫やカエルといった生きものたち、抽象化された草木も含めて、画面からはすべての生命に対する尊厳が感じられます。自らの力で広い世界へと羽ばたいていくバッタの先には、どんな出会いが待っているのでしょうか。思わず「とべ!バッタ!」と応援したくなる絵本です。
*「農業共済新聞」1990年6月号

『たすけて』

田島征三・ことば、文字 宮入芳雄、さとうあきら・写真
出版社:童心社
出版年:1995年

泥絵の具で大きく書かれた「たすけて」の4文字が表紙と裏表紙に並びます。誰の声でしょう?表紙をめくると、見返しには森の草地が一面に青々と広がる写真が。そして、次のページから、手描きで「ここにはしずかに風がふく ここにはきよらかな流れがある……」と文章が始まります。
この絵本の舞台は、東京の多摩地域の日の出町にある谷戸入の森。舞台であると同時に主役でもあります。森に生える木や小さな植物、生き物の写真の数々が並び、季節がめぐり、新たな命が生まれていくようすが分かります。しかし、「この森に人間はなにをしようというのか」という文で、もうひとつの現実が明らかに。ゴミ処分場が建設され、森の危機に面して、「たすけて」と主役は叫びます。
『山からにげてきた・ゴミをぽいぽい』の続編ともいえる、現代の私たちへ鋭い問いを投げかける1冊です。

『いろいろ あっても あるき つづける』

田島征三・さく
出版社:光村教育図書
出版年:1999年

「ぼくは あるく、てこてこ あるく。大地を ふみしめ、ズトズト あるく。」
へんてこな姿をした“ぼく”は、さびしい心、かなしい思い出を抱きながら歩き続け、その先で、バッタや魚、鳥といった生き物たちや、石など、いろいろなものに出会っていきます。
この絵本は、筆洗いの底にたまった絵の具で彩色した背景に、作者が過去に描いた作品の色を反転したり、縮小したりしたものを、コピーし、コラージュすることでつくられています。日の出町の広域ゴミ処分場建設反対運動に奔走するなかで病に倒れた田島は、『とべバッタ』から10年を経てこの絵本を発表しました。
出会いを重ねるなかで、「絵は だれを げんきに するんだい」と問う“ぼく”。「いろいろ あっても あるき つづける。」という最後のことばからは、今後の活動に対する作者の決意が伝わってくるようです。

『わたしの森に』

アーサー・ビナード・文 田島征三・絵
出版社:くもん出版
出版年:2018年

しんしんと雪が降り積もる、「わたし」が住む森。語り手の姿は描かれていません。雪の下で眠っている「わたし」は、雪の落ちる音や、土のなかのふきのとうのふくらみから、春の訪れを予感します。
モデルとなったのは、新潟県十日町市の森。ここには、田島が廃校をまるごと「空間絵本」にした「絵本と木の実の美術館」があります。2016年、田島は、詩人・アーサー・ビナードにこの美術館でのコラボレートを誘い、ともに「カラダのなか、きもちのおく。」を制作しました(「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」にて、発表)。
制作にあたって、2年にわたり鉢集落を訪ねたアーサーは、森にいる「わたし」に自身のふるさと・ミシガン州の森にいた、ある生き物を重ねています。本作では、コラボレーション作品と同様に、森の嫌われ者である「わたし」に注目し、謎の多いその生態をユーモアたっぷりに表現しています。
「わたし」は頭の一部やシルエットのみが描かれ、物語後半で、初めて全身が現れます。語り手の姿が描かれない演出は、「『わたし』はどんな生き物だろう」と読者の想像を掻き立て、物語に引き込みます。
物語に登場する「まあんまあんまあん」「むんむんむん」「しんしんししん」といった不思議な擬音と「そろそろ わたしは/たべたくなってきたの/口を あけて だれかを/しっぽまで たべたい きもち」という言葉。さて、一体これは誰の物語でしょう?