田島征彦の絵本
安曇野ちひろ美術館では、現在
<企画展>現代の町絵師 笑いと反骨の画家 田島征彦展
を開催中です。 [2021年6月5日(土)~2021年9月5日(日) ]
展覧会にあわせて、「田島征彦が手がけた絵本」をご紹介します。
『祇園祭』
田島征彦・作
出版社:童心社
出版年:1976年
型絵染の絵本制作で知られる田島征彦の『祇園祭』は、田島が4年をかけて取り組み、36歳の時に出版された初めての絵本です。約350年前から受け継がれる京都・八坂神社の夏の風物詩『祇園祭』をテーマに、祭の起源をはじめ、毎年7月1日から1か月かけて執り行われる祭礼行事の準備からクライマックスまでを、16葉の型絵染作品でたどっています。絵本の制作に先駆けて行事の取材を詳細に行った田島は、この間を「祇園祭に取り憑かれた3年間だった」と振り返っています。梅雨明けから聞こえてくるお囃子、鉾(ほこ)をくみ上げる職人たちの掛け声、子どもたちによる鉾曳初(ほこひきぞめ)、宵山(よいやま)の棒振り囃子に心躍らせる町の人々、山鉾巡行(やまほこじゅんこう)での見どころ辻回しの様子などを、明快ながら奥行きと広がりを感じさせる画面構成と、躍動感あふれるダイナミックな作品に仕上げています。型絵染は柿渋などを塗った和紙の型紙を彫り抜いて黒で染めた輪郭や線描画の上に刷毛で色染料を施しますが、着物の柄や鉾を包む錦模様の花紋や縞、絞り風の柄は型紙を使わずにランダムな手彩色によって描き込まれているようです。この絵本の根底には、祇園祭を支えるさまざまな人たちへの田島の熱い思いが流れています。
『じごくのそうべえ』
田島征彦・作
出版社:童心社
出版年:1978年
「とざい とうざい。かるわざしのそうべえ。いっせいいちだいのかるわざでござあい。」
軽業師のそうべえは、綱渡りの最中に落ちてしまいます。気が付くとあの世におり、そこで歯抜き師のしかい、医者のちくあん、山伏のふっかいと出会います。閻魔大王に地獄送りにされた4人は、力をあわせて逃げ出せるでしょうか?
田島が、児童文学者・中川正文から、地獄の絵本をつくらないかと誘われてつくった絵本です。その際、編集者が集めたさまざまな地獄の民話のなかに、桂米朝の上方古典落語「地獄八景亡者戯」に似たものがあり、落語の録音を何度も聞いては、笑いながら制作したといいます。
田島は、この落語の後半に登場する軽業師を主人公にして話をふくらませています。型絵染の技法でつくられたこの絵本は、最初に絵だけを描いて染め、出版間際に文を入れたためか、画面いっぱいに描かれた絵が大きなインパクトを与えます。地獄の閻魔や鬼たちの表情も、どこかユーモラスで、親しみやすい印象です。発売から10年後、「そうべえブーム」に火が付き、そうべえが極楽や月へ旅する続編もつくられ、子どもたちに愛されるロングセラー絵本となりました。
『火の笛 祇園祭絵巻』
西口克己、田島征彦・作
出版社:童心社
出版年:1980年
16世紀室町時代の京都。応仁の乱の後、荒れた都では百姓、町衆、侍がそれぞれ対立し、戦が絶えません。そうしたなか、町衆は途絶えた祇園祭を復興させようと動き始めます。しかし祭当日に幕府から中止せよとの命令が出て……。
西口克己が手がけた呉服屋の新吉と、あやめの恋をも含んだ歴史ロマンス小説『祇園祭』は山内鉄也監督によって映画化され、この映画に感銘を受けた田島は、更にこの物語を60頁近い絵本として表現しました。田島の絵本処女作『祇園祭』出版4年後のことです。
当時田島がつかっていた植物染料をつかった技法、三度黒の黒色が煙や闇などに印象的です。また、若いころから絵巻物に魅了されていた田島は、絵巻「平治物語絵詞」の煙の表現も参考にしたと語っています。
『てんにのぼったなまず』
田島征彦・作
出版社:福音館書店
出版年:1985年刊(復刊ドットコムより2014年に復刊)
海辺の村に住む絵描きのおじい。ある日、村人の婚礼中に大地震が村を襲い、津波がすべてを飲み込みます。甚大な被害を受けながらも人々が復興に向けて動くなか、おじいは子どもたちを励まそうと、褌(ふんどし)になまずを描きます。なまずは空へと昇って雨を降らせ、塩害にあった田畑に山から新たな土を運びました。
当初、田島は日照りによる不作を絵本のテーマに考えていました。しかし、大地震を特集した雑誌を読み、「地震や津波のように、ダイナミックな情景を型絵染にして、絵本のクライマックスを盛り上げる」構想に変更します。「子どもたちのものだからこそ、ちゃんとした仕事を残したい」と、地震や津波の取材を重ね、15年をかけて完成した絵本です。
暗闇に紅く光る引潮の海、押し寄せる蒼い波、大雨を降り注ぐ紺碧の空――、頁をめくる毎に現れる繊細で美しい色彩の表現には、画家が持つ自然に対する畏敬の念と、深淵なる感受性が感じられます。
『ふしぎなともだち』
たじま ゆきひこ・作
出版社:くもん出版
出版年:2014年
少年が転校してきた島の小学校には、「やっくん」と呼ばれている自閉症の同級生がいました。大きな声でおかしなひとりごとをいったり、教室を出て運動場へ行ってしまったりもします。この学校では、遊ぶときも勉強するときもみんな一緒でした。
淡路島に移り住んだ田島は、障害のある子どもも普通学級で受け入れてきた元校長と知り合い、卒業生の自閉症を持つ青年がメール便の配達をしている話を聞きます。「海と段々畑の美しい風景をバックに、彼らの仕事ぶりを絵本にしたい」と、青年と同級生たちに取材を重ね、4年の歳月をかけて絵本に仕上げていきました。エメラルドグリーンの海の青さと島の緑の印象も鮮やかに、学校や地域のなかで「やっくん」とともに成長していく子どもたちの姿を、型絵染の手法でいきいきと描き出しています。紙は竹で漉いた素朴な風合いを持つ竹紙(ちくし)が使われています。
『のら犬ボン』
田島征彦・作
出版社:くもん出版
出版年:2017年
としおが拾ってきた子犬「ボン」。一家が東京へ引っ越すことになると、としおのとうさんは「ボンを ともだちに あずけにゆく」と噓をついて、大きな橋を渡った先の島へ捨ててしまいました……
『ふしぎなともだち』(くもん出版、2014年)、『せきれい丸』(くもん出版、2020年)と同じく、田島の住む淡路島を舞台にした絵本。つるつるとした紙の上に、筆の勢いや顔料のにじみ、泡立ちをそのままいかして描かれています。淡路島の海や空、緑が鮮やかな色で描かれている一方で、ボンやとしおの家族の心が揺れ動く場面は、濁った色で表現されています。
田島は、自身の相棒・黒い雑種犬の「ボン」を主人公にした絵本をつくろうと犬の研究をするなかで、本州から明石海峡大橋を渡って、淡路島へ犬を捨てに来る人がいることや、毎年数万匹の犬や猫が殺処分されていることを知ったといいます。田島は、「この絵本の父親の気持ちに、ぼくがなりきって構想したことを、あえて伝えておきたい」と、あとがきを締めくくっています。
「この子がどんなつらい目にあったか、想像しましたか?」
「どんなかなしい思いをしてきたか、考えましたか?」
コロナ禍のなか自宅で過ごす時間が長くなった今、癒しをもとめて犬や猫を飼う人が増えましたが、その一方で、劣悪な環境での多頭飼い崩壊や、身勝手な理由でペットを手放す事例が問題になっています。
のら犬の心を思いやる気持ち、動物を飼うことの責任を、としおの父親といっしょに読者に考えさせる絵本です。
『せきれい丸』
たじまゆきひこ、きどうちよしみ・作
出版社:くもん出版
出版年:2020年
淡路島に生まれ育った少年ひろしは戦争で父を失いました。戦争が終わった年の冬、ひろしは、明石のおばに食料を届けるため、連絡船せきれい丸に乗り込みます。終戦後の混乱のなか、定員を超えた多くの人を乗せた船は沈没してしまいます。ひろしは、一緒に船に乗っていた友だちのりゅうたの父に助けられますが、りゅうたの行方はわかりません。命をとりとめたひろしは、りゅうたに代わって漁師になると決意します。
現在、淡路島に住む田島は、その土地ゆかりの作家と組んで、あまり知られてこなかった史実をもとにひとりの少年が成長する物語を描きました。田島は、型絵染の技法で、命を失う悲しみと雄大な自然を対照的に描写し、海辺の町でけんめいに生きる人々の姿を力強く浮かび上がらせています。
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