冒険する子どもたちの絵本

安曇野ちひろ美術館では、現在 ちひろ美術館コレクション 冒険する子どもたち を開催中です。 [2023年9月9日(土)~11月30日(日) ]

展覧会にあわせて、「冒険する子ども」の絵本をご紹介します。
『窓ぎわのトットちゃん』にも、冒険する場面が出てきますね。トットちゃん広場の電車の図書室には、冒険する女の子をテーマにした絵本が集められたコーナーもあります。ぜひお立ち寄りください。

『チムとゆうかんなせんちょうさん』

エドワード・アーディゾーニ・作 せた ていじ・訳
出版社:福音館書店
出版年:1963年

海辺の家に住む小さな男の子チムは、浜辺にいる「ボートのおじさん」や近所に住む「マクフェせんちょう」と大の仲良し。日々、彼らから航海の話を聞き、海に浮かぶ帆船を眺め、船乗りになること夢見ています。ある日、ボートのおじさんは、これから航海にでかける汽船の船長さんにあいさつに行くことにしました。そして、チムにこういいます「おきにとまっているきせんまで、わしのモーターボートにのせてってやろう」。航海へ出るチャンスがめぐってきたと、大喜びのチムは、汽船のなかに身をかくします。そして、無事に船出を迎えたチムですが……。
イギリスの画家、アーディゾーニは、1920年代から挿し絵や広告の仕事で活躍していました。1936年に彼が5歳の自分の息子に向けてつくった初めての絵本がこの作品です。彼自身が手がけた長編の物語に合わせて、カラーの絵とモノクロの絵が交互に展開していきます。あたたかみのあるクロスハッチングの技法で描かれたモノクロのページは、読者の想像力によって、それぞれに豊かな彩が与えられることでしょう。チムの大冒険を描いたこの絵本の成功をきっかけに、アーディゾーニはチムを主人公にした絵本をシリーズで制作しました。

『あつおのぼうけん』

田島征彦、吉村敬子・作
出版社:童心社
出版年:1983年

養護学校4年生のあつおは、海の近くの寄宿舎で先生や友だちと暮らしています。脳性麻痺のために手足とことばに重い障害があり、うまく歩くことも話すこともできません。そんなある日、浜辺で木の人形を拾います。人形の「すなきち」に励まされて犬島へと冒険に出たあつおは、漁師の子なみたと出会い、島にあるひみつのきちへと向かいますが‥‥‥。
この絵本は1981年の国際障害者年を記念して、京都府教職員組合が田島征彦に制作を依頼したものです。田島は、養護学校の先生や子どもたちと交流を重ねるなかで、「街を走りまわっている子どもたちは、自分たちの生活の中にははいってこない」という思いに気づき、病院や養護学校のなかだけの特別な生き方を強いられることの悲しみを絵本のテーマに据えました。作家で脳性麻痺の吉村敬子を共同制作者に迎え、淡路島や和歌山への取材旅行で行動を共にします。用を足すのにも介助を必要とする事実を、田島は美しい絵で伝えたいと模索します。戸惑い恥じらいながらも友情を深めていくふたりのようすが、型絵染で描いた青い海と荒々しい岩肌の島の美しい自然を背景に、あたたかく表現されています。

『こんとあき』

林明子・作
出版社:福音館書店
出版年:1989年

あきが生まれたときからいっしょにいる、きつねのぬいぐるみ・こん。古びてきたこんを治してもらうため、あきは遠くの町に住むおばあちゃんを訪ねることに。旅のなかで、こんは電車のドアにしっぽをはさまれたり、初めて見る広い砂丘で犬にさらわれたり……。やっとの思いでたどり着いたおばあちゃんの家で、ふたりはあたたかく迎えてもらうのでした。
絵本『こんとあき』は、林明子が絵と文、両方を手がけた2冊目となる作品です。「おばあちゃんに会いに行くおはなし」「きつねのぬいぐるみ・こんがお兄ちゃん役」という編集者・征矢清のアイデアをもとに、林は、まずはこんのモデルとなる、さまざまなポーズがとれるぬいぐるみをつくるところから取り組んだといいます*。おばあちゃんのモデルは、鳥取に住んでいた林自身の祖母。鳥取砂丘の取材旅行も行われました。
丁寧な取材と下地づくりに基づいたこの絵本は、写実的でありながら、あたたかくやわらかな色彩で描かれています。あきの子どもらしい仕草や、こんの健気なかわいらしさ、飽きのこないおはなしとあいまって、大人も子どもも楽しめる林明子の代表作といえるでしょう。

*童心社の公式サイトには、林明子が考案したぬいぐるみの「こん」のつくり方が紹介されています。

『不思議の国のアリス』

ルイス・キャロル・著 矢川澄子・訳 ドゥシャン・カーライ・絵
出版社:新潮社
出版年:1990年

ある日の午後、アリスが土手で退屈を持て余していると、「たいへんだ、たいへんだ、遅刻しそうだ!」と声がします。見ると、チョッキを着た白兎がポケットから時計を取り出し、大慌てで生け垣の下の穴に飛び込んでいきました。兎を追って穴に落ちたアリスは、不思議な世界へと迷い込みます……。
イギリスの作家ルイス・キャロル(チャールズ・ドジソン)による「不思議の国のアリス」は、延々とお茶会を続ける偏屈な「帽子屋」や、二言目には「首を切れ!」と叫ぶ高慢な「ハートの女王さま」など、個性豊かな登場人物たちと奇想天外なストーリーが魅力の児童文学の傑作です。ジョン・テニエルやアーサー・ラッカムをはじめとする多くの画家によって描かれてきました。
スロヴァキアの絵本画家ドゥシャン・カーライは、1年という時間をかけ、超越した発想力と緻密な描写で、奇妙でユニークな幻想の世界を非常にリアルに描き上げました。その創作過程について、画家は、「私はテキストをとてもゆっくり、ものすごく時間をかけて読んでいきます。読みながら横に置いた紙に、思いついた絵を小さなメモのように描いていくのです」と語っています。カーライの独創的な『不思議の国のアリス』は、1983年、BIB世界絵本原画展でグランプリを受賞しています。

『あかずきん』

樋口淳・文 片山健・絵 木下順二/松谷みよ子・監修
出版社:ほるぷ出版
出版年:1992年

お母さんにつくってもらった赤い頭巾が似合う女の子は、「あかずきん」と呼ばれていました。ある日あかずきんは、森のはずれにあるおばあさんの家へお見舞いに行きます。それを聞き付けたおおかみは、おばあさんの家に先回りしておばあさんを食べてしまいます。あかずきんを食べたいおおかみは、おばあさんのふりをしてあかずきんを惑わしますが……。
本作は、フランスのトゥーレーヌ地方の語りを元にしています。おおかみがおばあさんの肉や血を食べさせようとしたり、あかずきんがおおかみを退治する展開に、馴染みが無い方も多いのではないでしょうか。
水彩とクレヨンによるラフな筆致で、おおかみは迫力たっぷりに描かれています。また、おおかみの首飾りや背景には、雑誌などの切り抜きによるコラージュがほどこされています。細部まで画家の遊び心にあふれた一冊です。

『マーシャと白い鳥』

ミハイル・ブラートフ・再話 出久根 育・文と絵
出版社:講談社
出版年:2001年

出かける両親に、家で弟の面倒を見ているようにいいつけられたマーシャ。弟を置いて遊びに行き、戻ると彼は白い鳥にさらわれていなくなっていました。マーシャは勇気を出して弟を探す旅に出ます。途中、ペチカやりんごの木などに行き先を尋ね、バーバヤガーに捕らわれていた弟を見つけます。ふたりは無事家に帰ることができるのでしょうか?
この物語はロシアに伝わる昔話です。テンペラの技法を使って描かれた絵は、美しく幻想的で物語の世界に引き込まれます。問題に全力で取り組むマーシャの姿や、追ってくる白い鳥の狂気をまとった迫力、画面に潜む二匹の猫など見どころも満載です。文章も手掛けた出久根育は、知らない国に移り住むという自身の経験と、困難に立ち向かうマーシャの姿をかさね、この話にとてもひかれたと語っています。

『よじはん よじはん』

ユン ソクチュン・文 イ ヨンギュン・絵
出版社:福音館書店
出版年:2007年

まだふつうの家に時計がなかったころの韓国のお話。チマチョゴリを着た小さな可愛らしい女の子が、お母さんに時間を聞いてきてと頼まれ、お隣のお店に入っていくところから、物語が始まります。お店のおじさんは、「よじはん」と教えてくれます。そこから、すぐ家に帰り、お母さんに伝えるはずですが。「よじはん よじはん」と唱えながら店をでると、つながれたニワトリが。そこから、どんどん気になるものが見つかって……。「よじはん よじはん」と唱えることは忘れませんが、あちらこちらに寄り道。とっぷり日が暮れたころに、女の子は家に帰ってきます。女の子は、お母さんにどのように報告するのでしょうか。
この作品の原詩は、1940年(日本による統治時代)に、詩人ユン ソクチュンによって書かれました。激動の時代のなか、ユンは、穏やかな子どもの世界を願ってこの詩を書きました。絵本化にあたり、イ ヨンギュンは、原詩が書かれた時代より少し下った1960年代の韓国の田舎を舞台に描いています。ゆったりとした時間のなかで、自然と触れ合いながら過ごす天真爛漫な少女の姿を愛らしくとらえた一冊です。

『いっすんぼうし』

広松由希子・文 長谷川義史・絵
出版社:岩崎書店
出版年:2013年

現代の絵本画家が、昔話を手がけたシリーズの1冊です。子どもがほしい、と日々願っていた、おじいさんとおばあさん。ある日、おばあさんの親指がはれて、そこから生まれたちいさな男の子は、いっすんぼうし、と名付けられます。彼は親元を離れ、都へ出かける決心をしますが、普通の子どもでも大変なのに、体が小さいので、旅はアドベンチャーそのもの。昔話のなかでもよく知られているこの物語が、長谷川義史ならではの大胆な筆のタッチが感じられる画面で展開していきます。驚くのは、主人公のいっすんぼうしが、とても小さく、小さく描かれていること。(表紙を除く)背景の重なった色のように、さまざまな要素が文にもミックスされた、新しい昔話です。