初山滋の絵本
ちひろ美術館・東京では、2023年3月18日(土)~6月18日(日)「没後50年 初山滋展 見果てぬ夢」を開催いたします。
また、本展は秋に、安曇野ちひろ美術館へ一部作品を替えて巡回します[2023年9月9日(土)~11月30日(木)]。
展覧会にあわせて、「初山滋の絵本」をご紹介します。
『たなばた』
君島久子・再話 初山滋・絵
出版社:福音館書店
出版年:1977年
一年に一度、7月7日にだけ、天の川にかささぎがかける橋を渡って会うことを許された織り姫と牛飼いのおはなしは、日本でもなじみ深い中国の説話です。
月刊誌「こどものとも」のために描かれたこの絵本は、フルカラーのページと赤青2色刷りのページとが、交互に配置されています。物語の前半、天に暮らす天女たちの場面は2色刷り、牛飼いが暮らす人間の世界はフルカラーで描き分けられ、幻想的で超俗的な天の世界と、素朴であたたか味のある人間界との対比が印象的です。淡く透明感のある水彩絵の具で、にじみやたらしこみを駆使して描かれた色面は、色数の制約を全く感じさせず、誰もが知る七夕の物語を美しく語り直しています。
楽しげに遊ぶ天女たちがたてる水しぶきや、織り姫を取り巻く水紋、踊るようにまたたく星々、軽やかに天の川に橋をかけるかささぎなど、初山が得意とした、きらめき揺らめくものがふんだんに描き込まれた本作は、きっと初山も楽しみながら描いたことでしょう。
『おそばのくきはなぜあかい』
石井桃子・文 初山滋・絵
出版社:岩波書店
出版年:1954年
岩波子どもの本が創刊されたのは今から70年前の1953年。編集者であり翻訳者である光吉夏弥と石井桃子が岩波書店で始めたシリーズは、日本の子どもの本に大きな影響を与えました。敗戦後の日本で安価に絵本をつくるために、サイズは小さいものの、国内外の素晴らしい作品が岩波のシリーズに選ばれています。この絵本は、創刊2年目に出たなかの1冊です。
タイトルと同じお話の他に、「おししのくびはなぜあかい」「うみのみずはなぜからい」の計3編が収められています。物の由来を語る昔話はよくありますが、石井の語りは心地よく響き、初山の描く植物や動物は、一筆書きのような自在な線で表されて、まるで模様のよう。そのためか、カラーのページとモノクロのページが交互に現れても、特徴的なシルエットで登場人物がひとめで分かります。色使いも遊び心にあふれていて、本人も楽しんでいたのではないかと想像されます。
『たべるトンちゃん』
初山滋・作
出版社:金蘭社/よるひるプロ(復刻版)
出版年:1937年/2005年(復刻版)
初山が、絵と文を手がけたナンセンス絵本。食べることが大好きな主人公の豚のトンちゃんと女の子のかけ合いが楽しい一冊です。
「あけてごらん」と書かれた最初のページをめくると、目隠しされたトンちゃんが、擬人化された食べものに囲まれて楽しそうに踊っている、どこか夢のようなようすが描かれています。周囲に描かれた装飾も美しく、どんな話が始まるのか、想像が膨らみます。
お庭のごみから、石炭、しゃぼん玉液、ボールまで、本当になんでも食べてしまうトンちゃん。大胆なレイアウトやモダンな配色に加え、ことば遊び、語尾につく ビィー、ニャー、ボリ、ポコなどの音の響きがユーモアたっぷりに、テンポよくお話が展開していきます。
「とんちゃん と なかよく しよう ポン /ボール を なかよく たびた ビィ」
「たかい おやま を さかさ に みれば ニャー /おやまあ おやまあ /さかさ に みれば さかさ に みれば おくゎし に みえる ビィ―」
いろいろなものをどんどん食べてふとったトンちゃんの結末は、誰が予想できるでしょうか。戦時色が強まる中に描かれたこの絵本には、初山の人生観も投影されているようです。
『山のもの 山のもの』
初山滋・作
出版社:白鷗社/よるひるプロ(復刻版)
出版年:1946年/2014年(復刻版)
食べるものが少なく街のものが困っている、という話が山の動物たちに伝わります。「(街のものは)だましあいばかりするから」「はたらかないから」という声もありますが、動物たちは話し合って食べ物を持ち寄り、街へ届けることにします。狐はおまんじゅうやくずもちを、熊はお魚のひものや沢蟹のてんぷら、兎は木の実のおかし。善意を込めたごちそうをみなで街へ届けに行きます。大事件が起こることもなく、無事食べ物が街に届けられておはなしは終わります。
18ページの絵本は初山の流れるような線で描かれた絵でつづられています。黒い線でシンプルにデザインされた動物は動きがあってかわいらしく、単色を付けた景色や小物などの配置も工夫されていて、時間をかけて隅々まで見たい絵ばかりです。
この絵本の前書きには「にんげん は にんげん けものは けもの そのまま で、ほんとう の よい こころ と こころ で いき て いく ことを かんがへ て みよう。(抜粋)」という一文があります。絵本が発刊されたのが昭和21年(1946年)、終戦直後だったことを考えると、この本の見かたがすこし深まるかもしれません。
『ひばりは そらに』
吉田一穂・詩 初山滋・絵
出版社:フレーベル館
出版年:1969年/2007年(復刻版)
虹がかかる空の下、一匹の小鹿が天高く鳴くひばりを追いかけるように、麦畑を抜けて町へと出ます。人に飼いならされてしまった動物の姿を目にして、小鹿は森へと帰ります。谷間で見つけた貝がらに耳をあてると、海の音が聞こえてきて‥‥。
詩人・吉田一穂による散文詩のような童話「ひばりはそらには」の絵本は、戦時中の1941年に、帝国教育会出版部の「新日本幼年文庫」の一冊として、初山の絵で出版されました。吉田は原画の印象を「彩色の原画を見て驚嘆した。何んという光彩の魔術だろうと。一詩句が彼自らの幻想を生み、この世の限界を超える陸離たる次元を創造してゆく。絵をもって詩を描く、稀有の詩人をこの人に見た」と評しています。
28年後に初山は、この童話をまったく異なる画風で再び絵本化し、「キンダーおはなしえほん」1969年6月号に発表します。画面はいっそう洗練され、透明水彩のにじみと繊細な筆致で幻想的な世界を創出しました。1978年、2007年には同シリーズの傑作選として出版されています。
『ききみみずきん』
木下順二・文 初山滋・絵
出版社:岩波書店
出版年:1956年
『おそばのくきはなぜあかい』刊行の2年後、1956年に岩波の子どもの本のシリーズの1冊として出版されたのがこの絵本です。標題作のほか、「うりこひめとあまんじゃく」が収録されています。日本の昔話のおおらかな味わいを伝える台詞が印象的な文章は、「夕鶴」で知られる劇作家・木下順二が手がけています。文章の周囲に美しくデザインされた初山の流麗な線や独創的な形による絵は、木下の文章と相まって物語の格調を高めています。初山は、一色のページでも濃淡を生かして、制約を感じさせない美しく豊かな世界を描いています。物語の展開に合わせて、視点を変えて自在に描かれた情景は、見る人を昔話の世界へと引き込んでいきます。
『もず』
初山滋・作版 古倫(コロン)不子(ブス)・詞 諸井誠・曲
出版社:至光社
出版年:1967年/1990年(復刻版)
日本の秋を描いた木版画による絵本。古倫コロン不子ブスは、初山の詩人としての筆名です。「こどものせかい」(1965年11月号)に発表され、1967年の単行本化に際し、諸井誠による曲が付けられました。
創作版画とは、江戸時代の浮世絵とは異なり、自ら絵を描き、版を彫り、版を擦る「自画・自刻・自摺」の版画のことで、日本では1920年代に盛んになりました。初山は1930~31年頃に創作版画を始め、30年代後半から本格的に取り組みます。
水車を回す水のきらめき、きのこ、わらべうた遊びに興じる子どもたち、稲刈りに秋祭りなど、日本の秋を象徴するモチーフがもずを介して繋がっていきます。単純化されたモチーフはリズミカルに配され、モダンな雰囲気です。一方で、摺りだされた木目やノミ跡の風合いは素朴で、日本の秋という題材とも調和しています。
あとがきには、「古倫コロン不子ブス氏が鞭でぼくをたたくけれど木面を刻むノミは筆のようには進めかね、制作に要した日数をざっとかぞえると1160時間余りとなった」とあり、苦心しながら制作に没頭したことがわかります。初山は本作で国際アンデルセン賞国内賞を受賞しました。
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