おうちで絵本のじかん『ことりのくるひ』

定例イベントの「絵本のじかん」(現在休止中)を、ご自宅で楽しんでいただける「おうちで絵本のじかん」をお届けします。

『ことりのくるひ』(至光社)表紙

『ことりのくるひ』(至光社/1972年)は、1968年から制作された至光社の絵本シリーズの4冊目にあたり、1973年にボローニャ国際児童図書展グラフィック賞を受賞しています。

小鳥がいたら、という少女に芽生えた思いからはじまり、波紋を描くように物語が展開していきます。至光社の編集者・武市八十雄氏は、「絵も文もなるべく余分な説明をさけようとしたのは、読者の心をこの主人公の心の動きに同一化することを、なによりも願ったからにほかなりません」と語り、ちひろは大胆な筆運びと繊細かつ豊かな表現で、見事に応えました。

ゆらめきながら変化していく少女の心を、ご自身に重ねながら楽しんでみてください。

作品の一部は、ピエゾグラフにて10月11日まで展示中です。

◆絵本のじかんについて
◆いわさきちひろブックリスト

(K.R.)

普段「絵本のじかん」でお話ししているちひろの絵本のエピソードを、画像とともに紹介します。

『ことりのくるひ』(至光社)表紙

単行本の表紙になった「小鳥と少女」(1971年)は、小鳥が少女の頭に止まった瞬間の少女の驚きと喜びを表情のなかにとらえた傑作のひとつです。

小鳥を追う少年『ことりのくるひ』(至光社)より 1971年

『ことりのくるひ』は、至光社の武市八十雄氏が、自宅の窓辺に飛んでくる野鳥の話をちひろに語ったことから構想が練られました。

ちひろの自宅にも野鳥がおとずれることがあり、かつて部屋のなかに舞い込んできた野鳥を息子が鳥かごに入れ、しばらくして逃がしたというエピソードが残っています。絵本のなかで、鳥をとらえようとしている少年は、幼い日の息子の姿が重なっているのかもしれません。

絵雑誌「こどものせかい」(至光社、1971年6月号)表紙のための作品
日がさし始めた街並み 1971年

もともと、『ことりのくるひ』は、至光社の「こどものせかい」1971年6月号として出版されました。「こどものせかい」版の表紙になったこの作品は、ちひろが暮らしていた東京・練馬区下石神井(現在、ちひろ美術館・東京が建つ地)の1950年代の風景を描いたものと思われます。

画面右下に、少女と鳥かごを持って駆ける少年が描かれているのが見えるでしょうか。少年には当時の幼い息子を、そして、少女にはちひろ自身の幼いころの姿を重ね合わせて、懐かしい風景のなかに描きこんだのかもしれません。

子どもたちのいる街並み
『ことりのくるひ』(至光社)扉

『ことりのくるひ』が単行本として出版される際、表紙は物語のクライマックスの場面を描いた作品(小鳥と少女)になりました。「こどものせかい」版で描かれた表紙絵(日がさし始めた街並み)に代わるこの作品が新たに描かれ、バックを薄い緑色にして見開き扉に入れられています。

この絵本が描かれた1971年当時、住宅は増え、幹線道路が通り、のどかな風景は失われつつありました。また、ちひろは仕事を精力的にこなす一方で、家族の暮らしを細やかに支えていました。慌ただしい日常のなかでちひろが描いたのは、林や畑が連なる先に秩父連峰が見えたという1950年代の下石神井と思われる風景でした。

『ことりのくるひ』は、ひばりがさえずり、子どもたちが遊んでいたこの風景から始まり、読者を物語の世界へといざなっています。