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ちひろのアルバム

ちひろ美術館には、いわさきちひろが遺した60冊以上にのぼるアルバムが保管されています。そこには、生後57日目から晩年までのちひろの姿や、自ら撮影した旅先の風景、家族との日常などを写した写真が収められています。妻としても、母としても、懸命に生きたひとりの画家の人生が記録されています。当館では、すべての写真のデジタルデータ化に取り組み、2024年、研究成果を形にした『いわさきちひろ 写真資料目録』を刊行しました。写真とともに絵を見ると、ちひろにとって、日々の暮らしと作品が密接に関わっていたことがわかります。

幼い日の記憶―少女時代のアルバム

1918年、ちひろは陸軍築城本部の技師の父・正勝と、女学校教師の母・文江のもとに生まれました。写真が貴重な時代、ちひろの両親は、写真館や正勝の愛用のカメラで、折々に家族の姿を写真に収めています。少女時代のアルバムには、文江の手縫いのワンピースを着た三姉妹の姿(図1)やおしゃれなニットスーツを着てピアノの前でポーズをとるちひろなど、戦前の写真もあり、ちひろがモダンで文化的な家庭で恵まれた幼少期を過ごしていたことがうかがえます。平和な子ども時代の記憶は、ちひろの心に深く残り、後の作品のなかに映し出されました。

図1 右からちひろ、妹・世史子、母・文江、妹・準子 1926年5月2日

1969年、『あかちゃんのくるひ』(図2)を描きました。自分の分身ともいえる少女ちいちゃんを主人公に、絵と文の両方を手がけた至光社の絵本シリーズの2作目です。 ちひろは「弟が生まれて、お母さんが一緒に家に帰ってくる日、すべてが赤ん坊の弟のために用意されているような気がして悲しくなったり、弟と二人で遊べると思ってうれしくなったりする女の子の心のゆれ動きを描いた」と語っています。期待や不安、好奇心や嫉妬心など、複雑な心理に揺れる少女には、三姉妹の長女として生まれたちひろ自身の心情が投影されています。

図2 いわさきちひろ あかちゃんのくるひ『あかちゃんのくるひ』(至光社)より 1969年

子どもを描き続けて―1950年代のアルバム

1951年、ひとり息子の猛が生まれます。1950年代の写真をまとめた16冊のアルバムには、日々成長する息子・猛の姿が記録されています。集まった写真を整理しながら、自身の手でアルバムをつくっていたのでしょう。台紙には、「1957, 8, 末 パパと猛の体操 猛6歳4ヶ月」など、写真とともにちひろの字で日付やことばが添えられています。この時期の写真の数々からは、幼い息子を見つめるちひろのあたたかなまなざしが感じられます。
ちひろの初めての絵本『ひとりでできるよ』(図3)は、当時、5歳だった息子をモデルに描かれました。幼児の日常生活をテーマにしたこの絵本では、はたきを振って掃除をしたり、布団を片付けたり、お姉さんとお手伝いをする男の子の姿が描かれています。当時を知る編集者は、「猛くんをかわいいと思う心が、そのまま絵になっていたような時代だった」と語っています。男の子が着ているオーバーオールのズボンも、写真に映る息子の洋服に重なります。

図3 いわさきちひろ そうじをする子ども『ひとりでできるよ』(福音館書店)より 1956年

ちひろは自らの子育てについて、「私はさわって育てた」と語っていました。日々の暮らしのなかで感じた母としての実感は、息子が成長してからも、ちひろの創作の源泉となっていました。
幼いころの息子の姿は、ちひろの心のなかにしっかりと刻み込まれていたのでしょうか。1970年に描かれた「立てひざの少年」(図4)は、1954年10月に撮影された写真とよく似たポーズ(図5)で描かれています。

図4(左)いわさきちひろ 立てひざの少年 1970年/図5(右)立てひざのポーズをとる息子・猛 1954年10月

写真が語るいわさきちひろ

アルバムなどに遺された約5000枚の写真には、ちひろのさまざまな姿を見ることができます。

図6 アトリエのちひろと猛 1954年. 秋

息子や夫とともに穏やかな時間を過ごすプライベートな写真(図6)のほか、1963年に、世界婦人大会の日本代表団の一員として旧ソ連を訪れたときのようすや、1966年、母親を伴って画家仲間とともにヨーロッパ各地を旅行したときの写真など、世界を舞台に活動するちひろの姿もあります。
本展では、作品とともに、その人生や時代背景を語る貴重な写真を多数展示し、大正から昭和にかけて生きた画家いわさきちひろの姿を紹介します。

約65年ぶりに見つかったいわさきちひろの原画 5点を初公開!

いわさきちひろと縁の深い出版社、至光社(代表:武市晴樹)にて、2024年8月にいわさきちひろ(1918 ~1974)の作品32点が新たに見つかりました。そのうち7点を本展で初公開します。

いわさきちひろ 「やまも うみも」「こどものせかい」(至光社)1961年8月号より 1961年 ※東京館にて展示

新たに収蔵された作品は1958年から1962年までの5年間に絵雑誌「こどものせかい」(至光社)に掲載された原画です。いずれも構図や子どもたちのポーズ、草花や四季折々の風物など細部の描写まで工夫が凝らされており、ちひろが意欲的にこの仕事に取り組んでいたことがよくわかります。ちひろが没して50年が経ち、これだけ質が高く、保存状態の良い作品がまとまって見つかることは大変稀なことです。いわさきちひろや絵本の研究にとっても大変貴重な歴史的価値があるものです。ぜひ、ご注目ください。

【ちひろ美術館NEWSRELEASE】いわさきちひろの原画 32点が 新たに見つかりました!