瀬川康男の絵本

安曇野ちひろ美術館では、現在
<企画展>瀬川康男 坦雲亭日乗―絵と物語の間(あわい)
を開催中です。 [2019年10月4日(金)~2019年12月15日(日) ]
展覧会にあわせて、「瀬川康男が手がけた絵本」をご紹介します。

※印のついている絵本の原画が、上記展覧会に出展中です。

 

『絵巻平家物語(九) 知盛』※

木下順二・文 瀬川康男・絵
出版社:ほるぷ出版
出版年:1990年

平清盛の三男・知盛(とももり)。清盛の死後、都を捨てて九州にたどりついた平家一門は、義経軍に攻め入られて惨敗します。戦いの最中、自分を助けるために討たれた息子・守知章(かみともあきら)と侍従・監物太郎頼方(けんもつたろうよりかた)を見殺しにしたことに、知盛は自責の念にかられながらも「これほどまでに命はおしいものか」と号泣します。やがて知盛は、己の運命を見据え、弱将の兄・宗盛(むねもり)に代わって平家を率いることを決意。壇ノ浦(だんのうら)の戦いに挑み、平家の滅亡を見届けた後、知盛は入水して物語は完結します。
平家物語に登場する人物を選び、全9巻で出版したシリーズの最終巻です。
船上での最期の合戦は、折り込みを開く大画面になっています。長刀を振りかざす者、倒れる者、波間に漂う者――、知盛の後ろに描かれた大勢の人々の動きや表情、甲冑の意匠や着物の柄までもが詳細に描き出されています。歴史のなかに生きた人々の姿を、壮大かつ繊細に映し出したこの絵本は、平家物語の魅力を現代に伝えています。

『ふしぎなたけのこ』 

松野正子・作 瀬川康男・絵
出版社:福音館書店
出版年:1963年

山奥の村に住むたろは、母親に竹の子を掘ってくるようにいわれ、竹やぶへ出かけます。そこで、ひょいと上着をかけた竹の子が、急に伸びたので、たろはあわてて飛びつくと、竹の子はさらに高い空へと伸びていきます。村人は、帰ってこないたろを心配し、伸びていく竹の子を切り倒すことにしました。倒れた竹の子を伝って皆がたどりついた先には、初めて見る海が広がっていました。瀬川康男が手がけた3冊目の絵本。勢いのある線によって、人々や竹の子の動きが読む者に伝わってきます。登場人物の描写や、連続性のある画面構成は、絵巻物を彷彿させます。ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)の第一回グランプリ受賞作。

『いない いない ばあ』

松谷みよ子・文 瀬川康男・絵
出版社:童心社
出版年:1967年

手遊びの「いない いない ばあ」を主題としたこの絵本は、50年以上にわたり愛され続け、ミリオンセラーを記録しています。
猫、くま、ねずみ、きつね、そして幼い子供が次々に登場しては、「いない いない………」「ばあ」と繰り返し展開していきます。
登場する動物や子どもの形は平面的に単純化されて描かれていますが、かすれをいかした独特の絵肌には民芸品のような素朴な力強さが感じられます。また、米俵のうえに乗っているねずみや、きつねの耳や鼻に描かれた鬼火のようなモチーフなどに、昔話やわらべ歌の世界を彷彿とさせる古風な味わいがあります。
絵のページと文字のページは見開きごとに、左右交互に構成され、文字が美しく配置されています。絵とことばとともに、優れたブックデザインが加わることで、全体に調和したテンポがうまれ、繰り返し読んでも、新鮮さを失うことなく、絵とことばが心地よく響きます。

『おおさむこさむ』

瀬川康男・絵
出版社:福音館書店
出版年:1972年

冬の寒さ、雨、雪に耐えかね、次々と山からとんでくるのは、小僧に、子ざるに、うさぎたち…。本書は、「おおさむこさむ」など、民間に伝わるわらべうたに瀬川康男が絵を描いた絵本です。
古今東西の美術を吸収し、さまざまな技法を取り入れた瀬川。1960年代後半から日本の昔話や神話を題材に、1970年代からは江戸時代初期の丹緑本(たんろくぼん)を彷彿とさせる技法で絵本を多く描きました。
丹緑本とは、墨一色で刷った版に、肉筆で簡単な彩色をほどこした絵入り本のこと。実際の丹緑本が、丹(赤)や緑を中心とした少ない色数であるのに対し、本書では、水色や紫などの鮮やかな色も用い、現代風にアレンジしています。さらに瀬川は、既成の文字ではなく、「字も絵にした感じ」を目指し、自ら手書きした文字を絵に合わせています。墨摺りのざらざらとした質感も印刷によって表現されており、素朴なわらべうたの語り口とともに、和紙の手触りまでも感じられるような一冊です。

『ふたり』

瀬川康男・さく
出版社:冨山房
出版年:1981年

猫とねずみが追いかけっこを展開するこの絵本は、和紙に4色の特色の版を重ねたリトグラフ(石版画)で描かれました。コミカルで表情豊かな猫とねずみには、瀬川が得意とする精緻で美しい点や線による文様が施され、画面中をダイナミックに動き回ります。ことばも作者自身による初めての自作絵本です。書き文字の「ふたり」に始まり「にやり」「きらり」…、そして「おわり」まで、韻を踏むようにリズミカルに繰り返される「り」で終わる3文字のことばと緩急の利いた場面展開で、顔をあわせればケンカになり離れると寂しい、そんなふたりの関係を物語っています。そして穏やかな締めくくりには、思わず読者も「にこり」としてしまいます。

『だれかがよんだ』※

瀬川康男・さく
出版社:福音館書店
出版年:1992年

茶色い犬の「おび」は、「おび おいで」と小さな声で自分を呼ぶ声を耳にします。声の主は、春をつげる野の花のオオイヌノフグリです。「だれかが よんだ」「おび おいで」「だれかは だれか」のことばの繰り返しとともに、月のうさぎや女の子のふうちゃんが登場し、次の展開を期待させます。
1977年より北軽井沢に移り住んだ瀬川は、犬の「オビ」を連れて山中に散歩に出かけるのを日課にしていました。山野の草花や虫のスケッチに没頭し、ルーペを使って構造の細部まで観察し、細密な写生を繰り返すなかで、自然が創造したものの美しさに魅了されたといいます。中世ヨーロッパの宗教画などにみられる黄金背景のテンペラ画に興味を抱いていた瀬川は、オオイヌノフグリの花や無邪気なオビの姿を、輝く背景のなかに描き出しています。

『ひなとてんぐ』※

瀬川康男・さく
出版社:童心社
出版年:2004年

子犬のひなが登場するシリーズの2作目で、瀬川康男が最後に手がけた絵本。
1作目『ひな』では、好奇心いっぱいに「なんだ なんだ このやつ なんだ」といろいろなものに出会ったひな。今作では、赤くて大きな天狗に出会います。「あそんで あげようか」と誘い、ひなは、天狗が身につけているものを欲しがります。兜巾(ときん)、袈裟(けさ)、衣(ころも)に、袴(はかま)まで…。ひなは貸してもらったものを、好き放題に壊してしまいます。
借りたものをふりまわし、ひきさき、かみつくひな。ちょこまかとしたリアルな子犬の動きが、4つの小さなコマに分けられて描かれている一方、それを見つめる天狗は大きくどっしりと構えており、器の大きさをあらわしているようです。「ぼうしを かして」というひなに対して、「ぼうしではないのう ときんじゃのう」と、天狗が自身の山伏装束を説明する場面は、子犬のひなだけでなく、絵本を読む子どもたちにとっても、面白い発見となるでしょう。「また あそぼうね」というラストのひなのことばに、読後の余韻が広がる絵本です。