「自然」と「共生」の絵本

絵本画家・いわさきちひろの没後50年となる2024年。この 1 年間、ちひろ美術館(東京・安曇野)では、「あそび」「自然」「平和」の3つのテーマで、現代の科学の視点も交えてちひろの絵を読み解きます。

今回のテーマブックスでは、「いわさきちひろ ぼつご 50 ねん こどものみなさまへ あれ これ いのち」にあわせて、「自然」と「共生」をテーマにした絵本をご紹介します。

◆いわさきちひろ ぼつご 50 ねん こどものみなさまへ あれ これ いのち
2024年3月1日(金)~6月16日(日):ちひろ美術館・東京
2024年9月7日(土)~12月1日(日):安曇野ちひろ美術館

 

『セイヨウオオマルハナバチを追え 外来生物とはなにか』

鷲谷いづみ・著 河野修宏・絵
出版社:童心社
出版年:2011年 (絶版)

この本は、「守ってのこそう!いのちつながる日本の自然」シリーズの6冊目。絵と写真で、生物多様性という重要なテーマを子どもにも大人にも丁寧に解説しています。
まず、最初にハチについて、花との関係、人との関係、そして農業の関係が語られます。農業が変化し、同じ作物を大量に作成するモノカルチャー農業や、害虫駆除のための農薬使用により、花粉を運ぶ昆虫がいなくなり、ハチを大量に利用する方法が開発されます。日本も、室内栽培のトマトなどの受粉・送粉を助けるために、1991年頃セイヨウオオマルハナバチを「輸入」しますが、逃げたハチが野性化し、在来のハチや、ハチの授粉をしていた植物に影響がでます。
次に紹介されるのが、セイヨウオオマルハナバチの実態を調べるための監視活動(モニタリング)です。北海道では、数年にわたり、子どもから大人まで、さまざまな人の協力で大学や研究所とともに活動が展開しました。捕獲されたハチの慰霊祭も行われたとのこと。
最後に、日本から外国へ外来種として「侵略」する生物を含めた外来種の問題が紹介されます。負の面のみならず、「多くの方が積極的、意欲的にとりくんでくだされば、どんなにむずかしい問題も、きっと解決できると信じているからです。」という希望を著者が記していることに救われます。近くの図書館でぜひ探して読んでみてください。

 

『りんごとちょう』

イエラ・マリ エンゾ・マリ さく
出版社:ほるぷ出版
出版年:1976年

デザイナーのエンゾ・マリと組んで、グラフィック・アートの面からすぐれた絵本をのこしたイエラ・マリ。『りんごとちょう』は、シンプルで美しいりんごやちょうの絵で構成された、文字のない絵本です。
ページをめくると、赤く実ったりんごのなかに、赤い小さな丸(たまご)が描かれています。さらにページをめくると、たまごから青虫が生まれ、どんどん大きくなっていきます。ついには、りんごのなかから飛び出し、繭をつくって冬を越し、春になると蝶になって飛び立ちます。やがてりんごの木を見つけ、りんごの花にたまごを生みつけます。そのたまごはどうなるでしょうか。
「りんごのなかの虫はどこからやってくるの?」と疑問に感じたことがある方も多いのではないでしょうか。この絵本は、この疑問をみごとに解決してくれます。
芸術性が高く、科学性を失わない知識絵本として、世界中で読み継がれている絵本です。

 

『つくし』

甲斐信枝 作
出版社:福音館書店
出版年:1994年

野原や道端に生えるつくし。春を知らせる雑草のひとつです。身近な植物ですが、春を過ぎるとどうなるのでしょうか?この絵本には、つくしの一年のようすが描かれています。土から顔を出す可愛らしい姿だけでなく、土のなかの根の伸ばし方、仲間を増やす方法など、たくましく生きる実態も知ることができます。畑や庭のやっかいもの「すぎな」との関係とは?
作者の甲斐信枝は、時間をかけて草花や虫を観察し、たくさんの絵本を作り出しました。この絵本でも、よもぎやたんぽぽ、なずななどつくしとともに野原を彩る植物や、アリなどの昆虫が精緻に描かれ、さまざまな情報を教えてくれます。
もし、つくしに触ったことがなかったら、探しに行ってみましょう。野原で遊ぶ機会のない子どもたちにも、つくしを摘むときの「プツン」という感触を知り、「みどりのこな」を観察して大人になってほしいと思います。自然に親しむ入り口になる絵本です。

 

『マーヤの春・夏・秋・冬』

レーナ・アンダション・絵 ウルフ・スヴェドベリ・文 藤田千枝・訳
出版社:冨山房
出版年:1995年

主人公・マーヤは、スウェーデンに住む、自然が大好きな女の子。注意深く周りを見て、耳をすまし、自然のなかの出来事を一年中探しまわっています。
スウェーデンの春は、イタヤカエデの花の蜜に虫が集まり、マダラヒタキは巣をつくり、クロウタドリは芝生をつついてミミズを探し、セキレイは地面をはねまわります。一方、日本の春は、ウメが咲き、野原や道ばたにはオオイヌノフグリやツクシが、山道にはスミレがあらわれます。サクラの花が咲くころには春も深まり、いろいろな花が姿を見せます。
鳥はなぜ鳴くのか、虫にかまれたり刺されたりしたときはどうすればよいのか、食べられる野草と実はどんなもの……?普段は見過ごしてしまうような小さな疑問も、丁寧に解説されています。
この絵本は、鉛筆による素朴な線描と水彩による絵に、詳細な解説文が付けられています。マーヤの動きや表情はデフォルメされ、コミカルに描かれますが、動物や虫の姿は図鑑のようにリアルです。自然の不思議に触れ、じっくりと観察し、ときにはうっとりとするマーヤの表情からは、生き物たちへの愛情が感じられます。
生き物たちが動き出す季節に、この絵本を携えて、自然のなかへ遊びに行ってみてはどうでしょうか?

 

『のにっき —野日記—』

近藤薫美子 作
出版社:アリス館
出版年:1998年

ある晩秋、1匹のイタチが野で果て、物語が始まります。ひと月の間に、虫や鳥、動物たちがイタチの死骸を食べて分解が進み、冬には骨になります。春が訪れるころには、イタチは跡形もなくなりますが、そこには草花が芽吹いて育ち、再び生きものたちのいのちの営みの場となります。
「11月13日」「1月23日」「4月3日」……、日付け以外の文章はなく、野原の一点を定点観察する構図で、イタチの死骸や野のようすが刻々と変化していく様が描かれています。構想に10年、着手から1年、画家が、自転車にひかれて死んだタヌキを庭に運び、観察し続けた日々を経て完成したといいます。
絵本の最初の頁で、横たわるイタチの傍らに佇んでいたイタチの子は、最後の頁では、3匹の子どもをつれた親となり、野を通り過ぎます。この絵本について、作者は、「大人はこれを「死の絵本」というけど、そうではない。イタチの子どもの命の絵本やから」と語っています。
画家自身の克明な記録をもとに、生と死が交差する、いのちの循環を描いた絵本です。

 

『ちきゅうのうえで いのちのたびのおはなし』

沢田としき 作
出版社:教育画劇
出版年:2005年

「はじめは うみの なか ちいさな いのちが うまれた。いきものの はじまり。ちいさな いきものは ながい じかんを かけて かたちを いろいろに かえながら ふえていった。」この地球上に生命が誕生してから現代にいたるまでの生物たちの進化の過程が、横長の画面に展開していきます。見開きや観音開きのページをめくると、アンモナイトや三葉虫、恐竜、哺乳類などそれぞれの時代の主役たちがつぎつぎに登場し、進化の流れを絵巻で旅するような楽しさがあります。
沢田としきは、38億年におよぶ生命の進化の歴史を、やさしいことばと木彫りに手彩色した素朴な風合いの絵で表現しました。古生代やカンブリア紀といった学術用語は用いず、「りょうせいるいの じだい」「きょうりゅうの じだい」といった大きなくくりで、太古から連綿とつづく「いのち」の流れを今につないでいます。気の遠くなるような長い歴史のうえに、今の自分の存在があり、明日の未来へと続いていくという、当たり前だけれどとても大切なことを気づかせてくれる絵本です。人間の祖先が登場するまでの茶色を基調にした画面に対して、現代の画面では、青い空と緑の大地を背景にたくさんの動物と子どもたちが描かれています。色彩あふれる絵からは、生きとし生きるものへのあたたかなまなざしと、いのちのリレーを引き継ぎ未来に生きる子どもたちに希望を託す、画家の思いが感じられます。

 

『ゴミにすむ魚たち』

大塚幸彦 文・写真
出版社:講談社
出版年:2011年

こちらのようすをうかがっている鮮やかな黄色の魚。この小さな魚・ミジンベニハゼは、空き缶を住み家にして、飲み口の小さな穴から、外を覗いています。同じように、さまざまな魚たちが、空きびんやタバコの箱を住み家にしたり、カップラーメンのふたやアイスの袋を寝床にしたり、自動車のタイヤはたくさんの魚が集うマンションのようです。色鮮やかな海のなかは、頑丈でいつまでも変わらない素材でつくられた人間のゴミのおかげで、とても快適な世界のように見えます。「じゃあ魚たちのために、どんどんゴミを海に捨てよう!」そう思いますか?
ページをめくっていくと、ゴミに苦しむ魚の姿も写し出されます。鋭い釣り針が口に刺さったままのウツボや、漁網に絡まってしまったマダイは、この後どうなったのでしょうか。空き缶をお気に入りの住み家にしているかわいらしいミジンベニハゼも、空き缶が海底すべてを覆うほどに増えてしまえば、どうなるでしょうか。
水に流せば、ゴミは私たちの目の前から無くなりますが、消えてしまうわけではありません。地上の水が行きつく先の海で、そこに住む魚たちは、なにもいわずに人間のゴミを受け入れています。ゴミといっしょに生きる魚たちの声なき声に、耳を澄ませてみてください。

 

『ひとがつくったどうぶつの道』

キム・ファン 文 堀川理万子 絵
出版社:ほるぷ出版
出版年:2021年

モモンガのオスが手足を広げて、高い木からパッっと飛び立ちます。別の木の巣穴にいるメスに会いにいくためです。シカやウサギなど森にはいろいろな動物が住んでいます。ある日、森のなかに道路ができました。そこを行きかう自動車は、動物たちにとっては怪物のような存在です。夜、キツネは道路で動かずにいるネズミを見つけて食べ始めました。そのネズミは自動車にひかれていたのです。そして、そのキツネもまた、自動車にひかれてしまいます。自動車の数が増えるにつれ、犠牲になる動物も増えていきます。そこで、人間は、彼らを救うために、動物たちだけが通ることのできる「動物の道」をつくります。つぶらな瞳が愛らしいモモンガの視点から、変化していく森のようすが描かれています。
道路で動物が車にひかれて死ぬことを「ロードキル」といいます。日本にはたくさんの道路があります。すべて道路のわずか1パーセントにも満たない高速道路だけでも1年間に約4万件ものロードキルが起こっているそうです。そのなかには絶滅が危惧される動物も含まれています。こうした事態は動物の道をつくることだけでは解決されない問題です。この絵本を通じて、人間が行う開発で失われる尊い命があることについて考えてみてください。