
あかちゃん(絶筆) 1974年
描かれざる「ちひろの世界」
ちひろは「なおったら今度こそ無欲の絵を描きたい」といっていました。私には、病床の芸術家が新しい意欲に燃えて絵筆を握ろうとする気持ちが、痛いほど伝わってきました。
しかし、無欲の絵というのがどのようなものなのか、ちひろが語ることはありませんでした。私は彼女と、もしこの病気をのりこえることができたら、きっと強靭な精神で仕事ができるだろう、それが楽しみだと語り合っていました。だから私は、無欲の絵とは何か強いものになるだろうと思っていました。
そして、ちひろが不治の病の床に伏していることを知ってはいましたが、短期間でも元気にさせて、何とか一枚でも描かせてやりたいと考え、彼女の病との闘いをともに闘いました。
しかし、ついにその機会はやってきませんでした。
『妻ちひろの素顔』(講談社)2000年 より
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