手に包帯をしたひさ「ひさの星」(岩崎書店)より 1972年

岩崎ちひろ小論 『ひさの星』『子どものしあわせ画集』など

(前略)

さっそく私は『ひさの星』原作のコピーをもって上井草の岩崎ちひろ氏宅を訪れた。ところが今度は、ちひろ氏の方が『ひさの星』をなかなかうけつけなかったのである。一読されたちひろ氏は、これは女の忍従物語のようにもうけとれるし、なによりも主人公のひさが水におぼれて死んでしまうというのは無残すぎて私には描けそうもないといわれたのだ。

(中略)

作品の読みとりかたは個々の読者とってまったく自由だということを前提にした上であえていえば、『ひさの星』を読んで読者が感動するのは、ひさの直接の行為というよりむしろひさのもっているあのやさしさだ。

(中略)

この強靭で、しかもせんさいなやさしさを絵で表現しうるのは岩崎ちひろ氏をおいて他にはいない、と私は思ったのだ。私はそのことをちひろ氏にお話し、その上で駄目ならば企画そのものを没にするつもりで、半ばあきらめて辞去したのだった。

一週間後、自信はないけれどという条件つきで岩崎ちひろ氏は『ひさの星』の絵本化を承諾された。

結果としてでき上がった絵本『ひさの星』を、私は氏の絵本の代表作の一つにかぞえられていい傑作だと思っている。けなげなやさしさをひめた、ひっそりとした少女ひさの像はみごとに造形された。

いってみれば、ひさのあの強烈なやさしさをこめたナイーヴな性格は、岩崎ちひろその人の胸のなかに棲んでいたのではないかと私は思う。それゆえに、いったんひさを描くことにためらいをもたれたのではなかったか。

「月刊絵本」11月号(すばる書房盛光社)1974年より