いわさきちひろ 雨上がりの街と子ども 1970年

いわさきちひろ 雨上がりの街と子ども 1970年

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ちひろ 光のいろどり

いわさきちひろは、第二次世界大戦後の子どもの本の隆盛期に、絵雑誌や絵本を舞台に活躍し、水彩のやわらかな筆致で子どものいる情景や物語を数多く描きました。ちひろの絵のなかでは、まぶしい陽の光、こもれび、ろうそくの灯や月明り、さまざまな光が子どもたちや物語を彩豊かに照らし出しています。それらの光には、子どもたちの未来や希望も重ねあわされているように感じられます。
本展では、ちひろが描いた光の表現に着目して、その魅力をご紹介します。

物語のなかの光

ちひろは駆け出しの画家時代から、紙芝居や、絵雑誌、子ども向けの文学全集などで数々の物語の挿し絵を手がけています。1960年代半ばからは単行本の物語絵本に取り組み、水彩表現の幅を広げていきます。色彩のにじみで、形をもたない水や大気に映る光を描き、見る人を物語の舞台へと誘ってます。
例えば、『あおいとり』では、物語の展開を導く光の精をはじめ、光は希望と重ね合わせて描かれています。ちひろは、この絵本で、しあわせの象徴である青い鳥の青を基調としながら、その補色である黄で光を描き、そのあたたかさと輝きを際立たせています(図1-1、1-2)。

図1-1 夜の国で青い鳥をつかまえるチルチルとミチル 1969年

図1-2 光のなかの女神と妖精たち『青い鳥』(世界文化社)より 1969年

また、『にじのみずうみ』では、水彩のにじみをいかして、湖面にきらめく光、稲光、大空に輝く虹の光など、さまざまな光を描いています。イタリア北部のカレッツァ湖を舞台に水の精と魔法つかいの軽妙なかけひきを描いた幻想的な物語の世界を光が美しく彩っています。

ちひろ 光の表現

写実的な絵画では、往々にして対象に陰影をつけることで光を際立たせて表現しています。また、プリズムに光を通すと、色が分かれて見えることからわかるように、青や赤などの色の違いは、光の波長の違いから認識されており、色も光からできています。ちひろの水彩画では、余白の白や、絵の具を吸い取った部分が光として表現されているものが多くあります。また、人物やものに光があたらない陰の部分、地面にうつる影、反射する光、透過する光などを、ちひろは、たっぷりの水で溶いた淡い絵の具のにじみで渾然と描いています。ときには現実とは異なる明るい色を使うことで、画面全体にやわらかい光がまわっているような印象を与えています(図2)。

図2 やぎと男の子 1969年

子どもを彩る光

ちひろは、カレンダーや月刊誌の表紙絵など印刷物のための絵のなかで、四季折々の子どもたちの姿をとらえています。長い冬が終わり、草花の芽吹きとともに到来する春の浮き立つような光、長い休みのなかで元気に遊ぶ子どもたちを照らす真夏の光、秋から冬にかけてのやわらかい光、そして、室内のあたたかな光……。それぞれの光が子どもたちを慈しむように彩っています。ちひろは、紙地の余白を残して光を表現していますが、水彩のにじみと合わせることで、季節ごとに微細にうつり変る光の表情をとらえています。例えば、7月のカレンダーの絵として描かれた「かにを持つ少年」では、にじみで陰影をつけず、大胆に余白を多く取り、照りつける強い陽ざしを表現しています(図3)。

図3 かにを持つ少年 1969年

感じる光『あかちゃんのくるひ』

ちひろは1968年から亡くなる前年の1973年まで、毎年1冊ずつ至光社の編集者と組んで、新しい絵本づくりに挑戦します。物語に挿し絵をつけるという従来の考えを退け、説明的な要素をそぎ落とし、子どもの心の動きをとらえたこのシリーズは「感じる絵本」とも称され、見る人の感性に訴える表現を追求しました。その2冊目として描かれたのが『あかちゃんのくるひ』です。弟が生まれて、お母さんがいっしょに家に帰ってくる日のようすが、姉となった少女の視点から描かれています。家に到着したばかりのあかちゃんを見に行くクライマックスの場面では、少女と、あかちゃんがいる部屋の扉が白抜きのシルエットで描かれ、画面全体にグレーがかった薄い青のにじみが広がっています。まるで露出オーバーで白飛びした写真のように白っぽい光に包まれているようにも見えます。ちひろは、期待と緊張が頂点に達した少女の気持ちをまばゆい光で表現しています(図4)。

図4 扉のかげからのぞく少女『あかちゃんのくるひ』(至光社)より 1969年

ちひろが描いた光の彩をお楽しみ下さい。