いわさきちひろ 藤の花と子ども 1970年

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ちひろの花鳥風月

ちひろは身近な自然をいつくしみ、移ろう季節の風物をみずみずしい感性でとらえて、絵に描きました。日本では古来より、自然の風物を「花鳥風月」といい、絵画や詩歌などの重要な主題としてきましたが、ちひろの絵のなかにも日本的な美意識は脈々と受け継がれています。

身近な自然を愛して

「草むらの小鳥と少女」は、5月6月のカレンダーのために描かれた作品です。新緑のなかで、野の花を摘んだ少女が小鳥との会話を楽しんでいるようです。大きなストロークで描いた萌黄色のにじみや、しなやかに揺れる野の草の描写からは、さわやかな春の光や風が感じられます。小鳥を見つめる少女のまなざしは、ちひろ自身のものとも重なります。

いわさきちひろ 草むらの小鳥と少女 1971年

花が好きだったちひろの庭には、多くの樹木や草花が植えられ、四季折々の花が咲く花壇のほかにバラ棚や藤棚もありました。庭を彩る季節の花は、子どもの姿とともに絵のなかに登場しています。

日本の伝統的な美術との接点

光や風、季節の花など自然をとらえる繊細な感性とともに絵画表現においても日本の伝統的な美術との接点が見られます。
「藤の花と子ども」では、中央に大きな花房が枝垂れています。花びらは、輪郭線を用いずに絵の具の濃淡だけで形をあらわす「没骨法」で描かれ、濃さのちがう色や別の色をにじませた「たらし込み」の技法で、複雑な表情をつくり出しています。俵屋宗達など琳派の画家が好んで用いた技法で、ちひろは戦時下の疎開先でも宗達の画集を大切に見ていました。大胆なクローズアップや装飾的な画面構成は、日本美の典型ともいえる琳派を想起させます。

いわさきちひろ 秋の花と子どもたち 1965年

書と水墨的な表現

ちひろは娘時代から「万葉集」を愛読し、18歳より学んだ藤原行成流の書の手習いとしても親しんでいました。1970年に若い人に向けて絵本化した『万葉のうた』を制作します。モノトーンのこの絵本では書で培った墨の濃淡や余白を生かした構図など、水墨画に通じる表現が見られます。歌人の個性が感じられる人物描写とともに、季節の花や渡り鳥など自然の描写も魅力のひとつです。梅の花に亡き妻を偲んだ大伴旅人の歌に添えた絵では、薄墨を背景に花の白を際立たせています。『万葉のうた』の作品からは、切ない恋心や人間模様の機微とともに、草木や野辺の風情を詠んだ万葉人の自然観にも共感していたことがうかがえます。

いわさきちひろ 梅『万葉のうた』(童心社)より 1970 年

本展では、四季折々の草花や月など自然の風物とともに子どもたちを描いた作品を展示します。詩情あふれるちひろの花鳥風月をお楽しみください。