ラチョフと東スラヴの民話絵本
ちひろ美術館・東京では、現在 生誕120年『てぶくろ』の画家 ラチョフと民話絵本の世界を開催中です。 [2026年3月1日(日)~5月10日(日)]
本展にあわせて、ラチョフと東スラヴの民話絵本をご紹介します。

『マーシャとくま』
M・ブラートフ・再話 エウゲーニー・M・ラチョフ・絵 うちだりさこ・訳
出版社:福音館書店
出版年:1963年
森の奥深くに迷い込んだマーシャは、くまに捕まり、その世話をさせられることになってしまいます。ある日、マーシャはおじいさんとおばあさんにお菓子を届けてほしいとくまに頼み、大きなつづらに隠れると、お菓子といっしょにくまに運ばせました。賢いマーシャは、無事家に帰ることができるでしょうか?
ラチョフは、繰り返しこの物語を描いています。旧ソ連では、識字率の向上と民族間の理解を深めるという政府の狙いのもと、数多くの民話が出版されました。ラチョフは、再版の場合には初版と同じイラストを使用しましたが、編成や再話者が異なる新たな出版の注文を受けた際には、必ず新しく描き直していたといいます。ちひろ美術館で収蔵している同じ物語を描いた作品は、絵本と似通った構図で描かれていますが、登場人物の表情や服装、背景などの細部が異なり、ラチョフの工夫が見て取れます。
ロシアの民族衣装の刺繍模様を思わせる装飾が、1ページごとに異なる美しい絵本です。

『カラスのクトハ』
エフゲーニー・ラチョフ・絵 藤原 潤子・訳
出版社:かけはし出版
出版年:2026年
シベリア先住民族の昔話に、ラチョフが絵をつけた絵本です。「ものごとのはじまり」を語る、7つの物語が収録されています。絵本のなかでひときわ印象的なのが、たびたび登場するカラスの存在です。
表題作「カラスのクトハ」は、魚釣りの帰り、サケにそりを引かせて家に帰ろうとするカラス・クトハの物語です。クトハは、そりをひっぱってくれたら食べ物をあげると嘘をついて、サケを働かせます。しかし、サケは自分がだまされていたことに気づくと、怒ってそりを海の方向へと引っぱり始めます。海に落下したクトハは、溺れそうになりながらも、なんとか逃げ出し、一命をとりとめます。
ほかの物語でも、カラスはホオジロの歌を盗んだり、太陽を口に入れて隠したりと、さまざまな悪事を働きますが、そのたくらみはいつも失敗に終わります。ずるがしこいのに、どこか憎めないカラスの姿を、ラチョフはユーモラスに表現しました。極北の自然と動物をいきいきと描いたこの絵本には、シベリア各地で暮らす人びとの文化と、豊かな想像力が詰まっています。

『ガラスめだまときんのつののヤギ』
ロシア民話 スズキ・コージ・絵 田中かな子・訳
出版社:福音館書店
出版年:1988年
ヤギがおばあさんの麦畑を食い荒らし居座ります。クマやオオカミなど、森の動物たちが追い出そうとしますが、「おいらにゃ、ガラスめだまと きんのつのがある。ひとつきすれば、いちころさ!」と撃退されてしまいます。最後におばあさんを助けたのは小さなハチでした。鼻への一刺しに驚き、ヤギは逃げ出します。
舞台となる「白(はく)ロシア」とは、現・ベラルーシ共和国のこと。1991年に独立するまで、ロシアをはじめとする周辺諸国から支配や併合されてきた歴史を持ち、文化や芸術にも共通点があるといわれます。
絵本を開くと、スズキコージの力強い絵にまず目を奪われます。素材を貼り込む「コラージュ」技法を多用して描かれた画面はとても立体的。森のなかの農地には、黄緑から深緑までさまざまな色味の緑の紙が重ねられ、ヤギの体には英字の印刷物が貼られています。悪役ですが、ユーモラスで愛嬌のあるヤギの表情も魅力的です。

『マーシャと白い鳥』
M・ブラートフ・再話 出久根育 文・絵
出版社:偕成社
出版年:2005年
ロシアに古くから伝わる昔話をもとにした物語です。白い鳥に連れ去られた弟・ワーニャを連れ戻すため、姉のマーシャはひとり森へ向かいます。
走り続ける途中、野原の真ん中に土でできたペチカが建っていました。マーシャは薪をくべ、弟の行方を教えてもらいます。さらに、赤い実をたくさん実らせたりんごの木の実を落としてあげたり、チーズの岸辺を流れるミルクの小川で石をどかしてあげたりしながら、先へと進みます。
やがて、魔女ババヤガーの小屋の前で遊ぶ弟ワーニャを見つけますが……。ふたりは無事に家へ帰ることができるのでしょうか。
出久根育のテンペラ技法による細密な描写は、物語の背景に漂う空気までも色濃く伝えます。チェコへ移り住み、新しい世界へ飛び込む経験をした出久根は、マーシャの姿に自身を重ねたといいます。絵本に描かれるりんごの木も象徴的な存在です。また、すべての場面に画家が愛する動物たちがひそんでいます。ぜひ探してみてください。

『わいわいきのこのおいわいかい』
タチヤーナ・マーヴリナ・絵 まきのはらようこ・訳
出版社:カランダーシ出版
出版年:2015年
森のなかに住むヤマドリタケのおじいさんは、自分のお祝い会のために、お客さんを呼んで集めるようにと、孫のナラタケたちにいいつけます。ナラタケたちは、花でできたラッパを吹いて知らせ、カラハツタケは「パイをやき、はちみつをおなべでにて、シラカバのあまいジュースをみずさしにそそぎわけます。」ここまで読み、描かれた不思議なきのこたちを目で追うだけで、こちらもわくわく。森には他にもカッコウや、蚊!がいて、それぞれの役割があるのです。お客さんたちは祝うために次々と到着し、おじいさんもうきうきと踊り出したとたん、招かれざる毒キノコのベニテングタケとドクツルタケが席についているではありませんか。さて、どうなるでしょう。
ロシアの国民的画家・マーブリナの、表情豊かで動きのあるキノコや生き物たちは、読者の心をとらえることでしょう。巻末には、特別に国立科学博物館の研究員による写真入りのキノコ解説があり、キノコ好きにとっても必読書です。

『お日さまとお月さまとカラスのカーキチ』
ロシア民話 ヴィクトル・ドゥビードフ・絵 伊集院隆介・訳
出版社:新読書社
出版年:1999年
おじいさんとおばあさんが、三人の娘と暮らしていました。あるとき、おじいさんは物置きから袋いっぱいの小麦粉を運ぼうとしますが、袋に穴が開いていて全部こぼれ落ちてしまいます。拾う作業がたいへんで、へとへとに疲れたおじいさんは「お日さまとお月さまとカラスのカーキチが手伝ってくれたら、娘をお嫁にやるのに」とつぶやきます。すると三者は小麦集めを手伝ってくれました。約束通り、三人の娘はお日さまとお月さまとカラスのカーキチの元へ嫁ぎました。おばあさんとふたり暮らしになったおじいさん。さびしくなって、娘のところへ遊びに行くことにしました。帰ってきたおじいさんがとった行動とは?!
主人公は、お日さまでもお月さまでも、カラスのカーキチでもなく、おじいさんです。娘のところでおもてなしを受けたおじいさんの、帰宅後の行動は笑ってしまうものばかり。おもわずおばあさんに同情してしまう、楽しい物語です。
ドゥビードフの鮮やかで大胆な筆致の絵もとても魅力的です。ぜひ絵もじっくりご覧ください。

『かものむすめ』
ウクライナ民話 オリガ・ヤクトーヴィチ・絵 松谷さやか・訳
出版社:福音館書店
出版年:1994年
ウクライナに伝わる昔話の絵本です。夫婦ふたりでくらすおじいさんとおばあさんは、ある日きのこ狩りに行った森のなかで、片方の足をけがした一羽の鴨を見つけます。巣といっしょに家に連れ帰ってやると、その日から、家のなかがきれいに片付けられていたり、食事が用意してあったりと不思議なことが起こるようになります。
実は、うつくしいむすめの姿に変身した鴨のしわざだとわかると、子どもをのぞんでいたおじいさんとおばあさんは、むすめといっしょにくらすために、その巣を暖炉で燃やしてしまいます。しかし、姿をこっそり見られ、巣を焼かれたむすめは、家を出ていかなくてはならないと告げます。むすめは最後、仲間の鴨たちといっしょに飛んで行ってしまいます。
ウクライナの伝統的な民族衣装や、室内の家具調度を描いたのは画家のオリガ・ヤクトーヴィチです。美しい刺繍の施されたシャツやスカート、伝統的な靴や、色とりどりのリボンで飾られた帽子であるヴェノク、ビーズの首飾りは、ウクライナの文化を感じさせます。また、国花のひまわりをはじめとする、色鮮やかな草花が、屋外の景色を彩ります。
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