展覧会に寄せて / まなざしのゆくえ 大巻伸嗣

大巻伸嗣が展覧会開始前日のレセプションのときに語ったことばです。
ぜひご覧ください。

展覧会に寄せて

今回の展覧会を機に、ちひろさんの絵を改めて見て実感したのは、ちひろさんは、リアリティを追求した画家だということです。特に私が感銘を受けたのは、『わたしがちいさかったときに』と『戦火のなかの子どもたち』です。
私たちが生きている今の時代は、戦争がいつ起こってもおかしくない状況にあると思います。
この2冊の絵本を読んで、今、私たちの目前に、見えないけれど存在している現実をつきつけられたようにも感じました。
なかでも、最も心を動かされた絵は、「焔のなかの母と子」です。母親の睨みつけるようなまなざしは、どこか近くを見ているようでもあり、ずっと遠くを見つめているようにも感じられます。
今回の展覧会のタイトルは、この作品を通して考えました。
今回の展覧会は、私たちの視点、まなざし、その向かう先を考えながら体験していただきたいと思います。

展示室1

私の赤い作品、Genius-Lociには、震災と戦争の風景と人々が復興のために再建する姿を壺のイメージと重ねています。
この壺は、真葛(まくず)焼きという焼物で、震災と戦争によって失われてしまった文化のひとつです。
この作品の前に立つと、向こう側に映りこんだ自分自身が見つめ返してきます。そして、足元には、赤い炎や血を思わせるような影が広がります。
私たちが立つ地平にはいのちの痕跡が記され、過去の悲惨なできごとと同じ時間軸のうえに立っています。私たちは、それでもなお生きる力をもって自分自身を見つめていかなければならないでしょう。
『戦火のなかの子どもたち』の連作「焼け跡」(展示室1を入ってすぐ右手に展示している作品)を初めて見たときは、息を飲みました。この絵には、自分が体験した戦争の記憶をたどって、何かしら留めたい、残したい、取り戻したいという、ちひろさんの強い思いが感じられます。
東日本大震災のときに私自身がドローイングを描いたときの気持ちを鮮明に思い起こしました。
震災の直後、私は滞在制作の仕事で日本を離れてスイスのバーゼルに渡航しましたが、いてもたってもいられず、現地で誰に見せるわけでもなく、震災の光景を描きました。
これまでの私のインスタレーションでは、日常とは異なる時間性や空間性をつくりあげて、私個人の痕跡は見えないようにしていたのですが、今回の展覧会では、ちひろさんの絵を見るなかで、自分自身のこれまでの歩みや想いとも向き合うことになり、私自身が残してきた軌跡を見つめるように展示しています。

展示室3

ちひろ美術館の中心にある、ちひろさんのアトリエを見て、ひとりの作家がどのように生き、どんな思考とともに歩んできたのか、そして、その思考の始まりはどこにあったのかと思い巡らせました。そして、ちひろさんが歩んだ時間と私個人の時間を組み合わせてみようと思いました。
私が今まで取り組んできたのは、空間のなかに新たな関係性を構築して、そこに絶えず生きたしるしを見いだして、時間とともに刻んでいくようなインスタレーションです。
今から約30年前、美術予備校に通っていた時代に描いた植物のデッサンは、初めて、生きている時間をとらえることができたと感じた私の原点ともいえる絵です。
ほかに、ちひろさんの自画像や模索期の素描と一緒に、私の自画像ともいえるドローイングを展示しています。

展示室4

Echoes-Crystallizationの新作には「ひかりの風景、ちの記憶」という副題をつけました。
ちひろさんが描いた『わたしがちいさかったときに』を受け止めて、広島の原爆をリアルにイメージしながら、絶滅危惧種の草花に重ねて描きました。この絵は、一瞥すると、内側から発光しているように見えると思います。光に引き込まれて、近づいて見ると、そこに描かれた花や植物をきれいだなと思われるかもしれません。しかし、ここに描かれているのは、原爆のきのこ雲や、被爆された方の亡骸など地獄絵図のような光景なのです。足元には、花の影が映りこみ、現れては消えていきます。いわば影の踏絵です。この花の影とちひろさんが描いた黒いダリアの花が重なってみえるかもしれません。私は、ちひろさんのこの絵をみたとき、黒い太陽だと感じました。核エネルギーのメタファーとも受け取ることができるように思います。
私たちは、凄惨な歴史や風景のうえに立っていて、光の向う側にある未来をどうとらえていくべきなのか、じっくり感じとってください。

展示室2

1階が水面下の世界とするなら、2階は水面から上の世界になっています。舟に乗り込んで旅をするイメージです。展示室2の舟には是非、実際に乗ってみてください。きっと、子どものころの感性を取り戻すことができるでしょう。
夜明け前の海に静かに漕ぎ出してまだ暗い空を見上げると星がまたたいています。古の人々が、星々をつなげて星座の物語を編んだように、ちひろさんの絵を見て新たな物語を紡いでください。
この展示室に展示している私の作品は、インドネシアのバティックに東南アジアの人々が木に貝を結びつけたりしてつくる海の地図にインスピレーションを受けて描いた作品です。
私たち人類は遠い過去から、現在までいのちを受け継ぎながら旅をしてきました。私たちが失ってしまった記憶、私たちが共有してきた物語をもういちど取り戻していくことで新たな創造がうまれるのではないかと思います。

ちひろ美術館の空間全体で、ちひろのまなざしを感じながら、いのちを見つめる旅をしてください。

大巻伸嗣

いわさきちひろ 月を見る少年 1970年 / ChihiroIwasaki , Boy Looking up at the Moon , 1970