平和を考える絵本

現在、ちひろ美術館・東京では 戦後80年 ちひろと世界の絵本画家たち 絵本でつなぐ「へいわ」 を開催中です(~2025年10月26日)。

本展の開催にあわせて、ちひろ美術館では、関連絵本リスト「ちひろ美術館 平和を考える絵本150冊」を制作し、公式サイトからダウンロードできるよう公開しています。

ちひろ美術館_平和を考える絵本150冊

今回のテーマブックスでは、そのなかから何冊かをご紹介します。
子どもにとっても大人にとっても、平和や戦争について考えていただくきっかけになることを願っています。

『アンナの赤いオーバー』

ハリエット・ジィーフェルト・ぶん アニタ・ローベル・え 松川真弓・やく
出版社:評論社
出版年:1990年

戦争が終わったら、アンナに新しいオーバーを買う約束をしたおかあさん。戦争が終わっても、町にはお店も物もお金もありません。おかあさんは、家にあるすてきなものと交換してオーバーをつくろうと考えます。材料の羊毛は、お百姓さんに頼んでおじいさんの金の時計と交換で、もらうことになりました。でも羊の毛が刈れるようになるのは次の春です。春になり、羊毛を手に入れると、次は糸つむぎのおばあさんに頼んで、ランプと引き換えに毛糸をつむいでもらいます。おばあさんの仕事はゆっくりで、夏までかかりました。夏の終わりに実るコケモモで糸を染め、ガーネットのネックレスは布地を織るために、ティーポットはオーバーの仕立てに換わりました。クリスマスの前になって、ようやくアンナの新しいオーバーができあがりました。
戦後の何もない時期に出来上がるすてきなオーバー。穏やかにも見える母子の生活ですが、父親やおじいさんは登場しません。単純なストーリーのなかでも、いろいろな想像が生まれます。人々の手から手へ、時間と手間と忍耐を経て生まれたオーバーは、これから大きくなるアンナと共に、人々の希望の光のようにも思えます。

 

『はらっぱ 戦争・大空襲・戦後…いま』

神戸光男・構成/文 西村繁男・画
出版社:童心社
出版年:1997年

むかしの日本には、だれの土地とも知れない「はらっぱ」と呼ばれる空き地がありました。本作はとある「はらっぱ」とその周囲の町を、定点でとらえた俯瞰的な構図で描いており、時代ごとの人々の営みを知るとともに、町の変遷をたどることができます。左ページに書かれたことばは、町で暮らす人々の生活のようすをいきいきと伝えてくれますが、右ページでは、描かれた町の年代や時間帯とともに、日本が戦争へと向かっていく過程を歴史的に記述しています。
町を見ると掲示物は、1934年頃には「火之用心」「空巣に御用心」だったものが、1936年以降には「征け!満州へ」「欲しがりません勝つまでは」といった軍国主義の内容に変わっていくのがわかります。また、1944年には建物の外壁が灯火管制のために黒く塗られたことも読み取れます。
過去の戦争について考えるとき、教科書の文章や写真だけでは想像しづらいようなことも、この絵本に描かれている当時の再現ならば、考える助けとなってくれるでしょう。自然が残り子どもの遊び場となる空き地があったよい時代と、戦争に向かってしまった時代を同時に伝える「はらっぱ」を通して、未来のために語り合うきっかけとなる絵本です。

 

『風が吹くとき』

レイモンド・ブリッグズ・さく さくまゆみこ・やく
出版社:あすなろ書房
出版年:1998年

田舎でおだやかに暮らす老夫婦は、ラジオの首相声明を聞いて、自宅で核戦争に備えるための準備をすることに。夫が図書館でもらってきた政府発行パンフレット「自宅でのサバイバル・ガイド」を読み、部屋の隅に板を立てかけクッションで覆ったシェルターをつくります。そしてついに、敵国が発射したミサイルがさく裂。家は破壊されますが、シェルターのおかげか、なんとか助かった……と思いきや、ふたりは核爆弾の放射線にむしばまれていきます。
作者は、今も世界中で読まれている『スノーマン』『さむがりやのサンタ』などを手がけたレイモンド・ブリッグズ。これらの絵本と同様に、本作も漫画のようなコマ割りで描かれていますが、平和な日常の狭間に、遠くの戦地から飛び立つ戦闘機や戦艦、ミサイル発射台のようすが不気味な灰色の画面で差し込まれます。政府の指示に愚直に従い、自身の置かれている状況を理解できないまま悲惨な結末を迎える夫婦のようすは、核兵器の脅威とともに、無知・無関心であることの恐ろしさを突きつけてきます。

 

『京劇がきえた日 秦淮河・一九三七』

姚紅・作 姚月蔭・原案 中由美子・訳
出版社:童心社(童心社、訳林出版社/中国、四季節出版社/韓国による共同出版)
出版年:2011年

主人公が暮らす1937年秋の中国・南京は、活気に包まれた都市でした。伝統的な調度品や服飾が、鉛筆と淡彩によって細やかに描き込まれ、当時の様子をつたえています。ある日、主人公は巡演のため家に泊まっていた役者のシャオおじさんから、京劇の切符をもらいます。
しかし、華やかな舞台を見せた翌日、シャオおじさんは日本軍の侵略が迫る南京を去ります。代わりに主人公たちのもとへは空襲がやってくるようになりました。描線は荒く、やわらかかった色彩は暗く、変わってしまいます。
作者の母が幼少期に経験したことをもとに描かれた作品です。京劇が上演される場面はぜひ自身の手でページをめくり、舞台の幕が開く高揚感をいっしょに味わってみてください。

 

『ガザ 戦争しか知らないこどもたち』

清田明宏・著
出版社:ポプラ社
出版年:2015年

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員である著者が、2014年、当時戦争中だったガザで撮影した写真で構成されている一冊。2006年、2008~2009年、2012年、2014年と戦争が続いたガザでは、6歳以上の子どもはみな3回以上の戦争を経験している「戦争しか知らない子どもたち」です。爆撃で破壊された家に住み続ける15歳のイマン、医師として病院に通う父の帰りを毎日不安な気持ちで待つ12歳のナダ、爆撃で崩壊した家から逃げる途中たくさんの死体を目撃した12歳のモハメド……。2025年のいま、かつてないほどの戦禍が報じられるガザで、この子たちはどうしているのだろうと思わずにはいられません。
2023年10月に始まり、いまなお終息の兆しが見えない新たな戦争の始まりに際して、著者の清田は、本作に新たなことばをよせています。「あの2014年の戦争からほぼ10年、「戦争しか知らないこどもたち」は成人し、本来ならガザの将来を担う大人として平和に生きていくはずでした。しかし彼らは今、「戦争しか知らないおとなたち」になって生きつづけています。……今も多くの「戦争しか知らないこどもたち」がうまれているのです。……」
がれきとなった街にとどまり、困っている人のために仕事を続ける大人たちの活動も紹介されている本作。目に涙をためてこちらを見つめる視線は、さあ、あなたはどう行動しますか? と問いかけてくるようです。

 

『この計画はひみつです』

ジョナ・ウィンター・文 ジャネット・ウィンター・絵 さくまゆみこ・訳
出版社:鈴木出版
出版年:2018年

表紙に描かれているのは、複数の男らしき人たちのシルエット。ひそひそ話をしているのか、ただならぬようす。一方、裏表紙に描かれているのは、美しい砂漠の風景にポツンと立つ木造の建物。どういうことなのでしょう。建物は学校で、アメリカ政府は、ここで大事な研究をするという名目で立ち退きを要求します。世界中から集まって来た科学者たちは、自分たちの行っていることを地域の人には知らせません。のどかな住民たちの暮らしとは対照的に秘密裡に行われている研究は、ウランとプルトニウムを使ったものでした。そして、つくりだした「装置」を実験するために、広大な土地にそれがつるされ、秒読みが始まり……。
1943年からアメリカのニューメキシコ州で始まった、科学者オッペンハイマー率いる、最初の原子爆弾をつくるまでの一連のようすがウィンター独特の平面的であたたかみのある絵を通して語られます。
ウィンターはあとがきにこう記しています。「多くの国が、もっている核兵器を減らそうとがんばっています。(…)いつかその数がゼロになることをねがっています。」

 

『あるひあるとき』

あまんきみこ・ぶん ささめやゆき・え
出版社:のら書店
出版年:2020年

預かった近所の小さな女の子の寝顔を見ながら、高齢の女性が子どものころを思い出します。第二次世界大戦下、中国の大連で暮らしていたとき、かわいがっていたこけしのハッコちゃん。きれいな着物を着た市松にんぎょうや、ふわふわで白い洋服を着たセイヨーにんぎょうも大切にしていたけれど、ハッコちゃんは特別でした。お庭で遊ぶときも、友だちの家に行くときも、防空壕に入るときも、いつも一緒。よごれて片目は流れたような泣き顔になっていました。
やがて戦争が終わりました。大連での生活は困難になり、家のなかのものは売られたり、暖をとるために燃やされました。泣き顔のハッコちゃんは売られずに残りますが、別れの日がやってきます。
戦争の時のおはなしですが、画家のささめやゆきはクリーム色を基調に、あたたかな色合いの画面で子どもの日常を描いています。しかしハッコちゃんとの別れの場面では、左右のページの色の対比により、子どもの鮮烈な記憶が伝わるようです。
作者のあまんきみこは、あとがきでこう記しています。「或る時代に生きた幼い子どもの身いっぱいの喜びと哀しみが、あなたの心にすこしでも届きますように。」

 

『秋』

かこさとし・著
出版社:講談社
出版年:2021年

2018年に92歳でこの世を去った、かこさとしは、600点以上の作品をのこしました。「秋」は、長女の鈴木万理さんが2008年に彼の作品整理をしているときに見つけた紙芝居作品がもとになっています。かこは、1953年に文を書き始め、1957年に絵を描いて紙芝居にし、1982年に改訂して絵本として出版するために手を入れたものの、出版は実現していませんでした。
「トウモロコシの葉が風にゆれています。ヒガンバナの行列ができています。秋になりました。私は秋が大好きです。」と始まる最初の画面には、クレヨンで描かれた赤とんぼがたくさん飛んでいます。自然ののどかな風景から始まり、話は、かこ自身が高等学校の学生であった戦時中へとうつります。爆弾が落とされ、学校の授業もなく、食料も不足していました。そんなある日、秋の空を飛んでいた日本の戦闘機が攻撃を受け、そこからパラシュートで脱出した兵士が、パラシュートが開かずに落ちていくのを目撃します。表紙にもなっているこの光景は、ずっと彼の心にのこったことでしょう。さまざま人の死、破壊される生活。かこは、「なぜ戦争をしようとするのか。」と憤ります。かこのつらさ、くやしさ、さびしさが、彼のことばと絵から、静かに伝わってきます。

 

『うさぎのしま』

近藤えり、たてのひろし・さく
出版社:世界文化社
出版年:2025年

広島県にある大久野島は、「うさぎのしま」として知られ、近年、国内外から数多くの観光客が、訪れています。

一組の親子が、黒や茶色のうさぎたちのなかで、白いうさぎに出会います。
「あの子のおかあさんも、白い?」「そうだね」
「おとうさんは?」「白いかもね」
「じゃあ、おとうさんの おかあさんは?」
その何気ない会話から、時代がどんどんさかのぼり、場面は第二次世界大戦の時代へ移っていきます。そこには、毒ガスマスクをつけて工場で働く人々がいます。そして、かごに入った白いうさぎが、毒ガスマスクをつけた人に手渡されます。

大久野島は、1929年から第二次世界大戦終結直前の1944年まで、毒ガスが製造された「地図から消された島」でした。その製造された毒ガスの効果をたしかめるための実験には、おもにうさぎが使われていたのです。やがて日本は敗戦し、旧日本軍は、工場の設備をかくすように処分し、実験に使われていたうさぎたちも、すべて殺されました。その後、1970年代に、白いうさぎと白黒のうさぎが島に連れてこられたそうです。近年、うさぎたちは、人間が与えるえさを食べて生き、仔うさぎを産んでおり、新たな環境問題も生まれています。

絵本のなかの白いうさぎは、こちらをまっすぐに向いて、何を伝えようとしているのでしょうか。巻末の解説「地図から消された島-大久野島と戦争とうさぎ」やあとがきと合わせて、私たちが「過去と向き合い、未来を考える」きっかけとなる絵本です。