「装いの翼展」学芸員による見どころ紹介③ 岡上淑子のコラージュ作品

行司千絵著『装いの翼 おしゃれと表現と―いわさきちひろ、茨木のり子、岡上淑子』(岩波書店、2025年)では、美術作家・岡上淑子(1928~)の貴重なインタビューとともに、女学校時代の学級日誌が紹介されています。この書籍を起点とした本展では、この学級日誌の実物を初公開しています。

東洋永和女学校 学級日誌 1944年 東洋英和女学院史料室 所蔵

1944年、日本は完全な戦時体制に入り、中等学校以上の学徒全員が強制的に軍需工場などに動員されるようになりました。当時、東洋永和女学校(現・東洋英和女学校)4年生だった岡上淑子もクラスメイトとともに動員され、学校で学ぶ代わりに、安藤電気蒲田(かまた)工場で働くこととなりました。敗戦の日のちょうど1年前、1944年8月14日と15日の日誌には、当時16歳だった淑子の記述が残っています。15日の日誌にはつぎのように記されています。

「三時のお休み時間に小林先生がお出でになり食堂で讃美歌を皆そろって久し振りに歌いました 学校時代の事がいろいろ思い出されて学校が懐しくなりました」

東洋永和女学校(現・東洋英和女学院中等部)の制服を着た淑子

空襲が激しくなり、死と隣り合わせの日常生活を送るなかで、女学校の文化を伝える讃美歌が少女たちの心を支えたようすがうかがわれます。

淑子は、当時を回想してインタビューに答えています。
「戦争をどこか冷めた目で見るようになったのは、外国の映画を観たり、ミッションスクールで教育を受けたりしたことも、影響したのではないかと思います。軍国少女として国を守っていましたが、平和を願いつつ、国を越えたおおきな宗教的な枠を無意識的に思い描いていたのかもしれません」*

第二次世界大戦後、淑子が自身の表現を求めて制作したコラージュ作品のなかには、美しく繊細なイメージと荒涼とした風景が重ねあわされているものがあります。

岡上淑子 《終曲の午後》 1952年 東京国立近代美術館蔵

岡上淑子 『フォトコラージュ―沈黙の奇蹟―』(青幻舎)より 2019年(左《廃墟の旋律》1951年/右《恋の残骸》1953年)

これらの作品に触れて淑子はこう語っています。
「戦争中に、なにものにも侵されない静寂な一隅を、心のどこかで探していたのかもしれません」*

本展では、このほか、岡上淑子を見出した詩人で美術作家の瀧口修造との書簡も展示しています。

*行司千絵著『装いの翼 おしゃれと表現と―いわさきちひろ、茨木のり子、岡上淑子』(岩波書店、2025年)より

▽開催中の展覧会:2025年10月31日(金)~2026年2月1日(日)
装いの翼 いわさきちひろ、茨木のり子、岡上淑子