1965年から1975年まで続いたベトナム戦争では、100万人以上のベトナムの人々が犠牲となり、そのおよそ半数が子どもだったといわれています。

『母さんはおるす』はベトナム戦争のさなか、アメリカ軍によるベトナム全土への無差別爆撃が繰り返される1972年に出版されました。

原作はベトナム人の作家、グェン・ティ。ベトナム戦争のなか、祖国を守るために日々戦場に出かけていく母親と、その帰りを待ちながら、たくましく生きる5人の姉弟の生活を描いた物語です。

「戦場のなかの子どもでも、ベトナムの写真などをみると、子どものかわいらしさはたとえようもない」と語ったちひろは、「子どもは全部が未来」という思いをこめて、深刻化する戦況のなかで明日を信じ、無邪気に、懸命に生きるかわいい子どもたちの姿を、生き生きと描きだしました。

1973年1月、この絵本に続いて、絵本『戦火のなかの子どもたち』を描いている時期、共同通信配信の地方新聞紙上に、ちひろは次の詩を発表しています。

いつも まぶたにうかぶのは
母さんが戦場にいって
おるすのこどもたち
まちにまった母さんが
今日は帰ってきたとしても
あした かえってこれるだろうか
あした かあさんがかえったとしても
そのまえに こどもたちの頭の上に
爆弾の雨がふらないとはかぎらない
日本の南のベトナムの国に
爆弾をはこぶ飛行機を
とばすのはだれ
どうか日本の母さんたち
やさしい世界の母さんたち
おるすのこどもをたのみます

幼い兄弟を抱くお母さん 『母さんはおるす』(新日本出版社)より 1972年