ちひろの歩み 社会の主な出来事
1939
昭和14年
20
4月、婿養子を迎え結婚。6月、夫の勤務地である旧満州大連(中国遼寧省大連市)に渡る。

花嫁姿のちひろ 1939年

9月、ドイツ、ポーランドへ侵攻。第二次世界大戦始まる。
1940
昭和15年
21
母・文江、府立第六高等女学校を退職し、大日本連合女子青年団(のちの大日本青少年団)主事となる。
9月、日独伊三国同盟締結。
1941
昭和16年
22
3月、夫の自殺により帰国。
書家をめざし、再び小田周洋のもとで書を学ぶ。
このころ、文化服装学院で習字を教える。
中野区千代田町(現・本町付近)に移る。
12月、太平洋戦争始まる。
1942
昭和17年
23
中谷泰に師事、再び油絵を描き始める。
1944
昭和19年
25
4月、女子義勇隊に同行して、中谷泰、妹・世史子らとともに旧満州勃利(中国黒龍江省)へ渡る。
夏、戦況悪化のため帰国。

勃利の森団部族隊長宿舎にて 後列左から3人目 1944年6月

11月、B29による東京空襲始まる。
1945
昭和20年
26
5月、東京・山の手の空襲で中野の家を焼かれ、母の実家(長野県松本市)に疎開、ここで終戦を迎える。
秋、両親が長野県北安曇郡松川村(現・安曇野ちひろ美術館所在地)で開拓を始める。
3月、東京大空襲。
8月、広島・長崎に原子爆弾投下、
日本無条件降伏、
第二次世界大戦終わる。