
長新太 『キャベツくんのにちようび』(文研出版)より 1992年
ちひろ美術館では、2001年より繰り返し長新太の展覧会に取り組み、作品の調査を続けてきました。没後20年となる今年、これまでの研究成果をもとに、幅広い世代を魅了し続ける長新太の魅惑の世界を紹介します。
長新太のメクルメク絵本の魅惑
長は、戦後、海外の文化が入ってくるなかでソール・スタインバーグなどのひとコマ漫画に憧れ、1949年、新聞の公募に応募して入選、漫画家としてデビューしました。1958年に最初の絵本を手がけ、子どもの本に仕事の場を広げてから、絵本も制作するようになります。
後に、「根底にあるのはマンガです。お話でも、絵本でも、ぼくの発想の核にはナンセンスやユーモア、笑いがあるんですよ。これだけは人に負けないというようなものは、ナンセンスだとかユーモアなのです」*1と語っています。意味を持たない展開に大人は驚くこともありますが、おもしろいものには素直に反応する子どもの感性を信頼し、楽しませるために絵本を創作していました。
長が描いた絵本は400冊を超えています。そのなかから、自身が文章と絵の両方を手がけた絵本約10冊を紹介します。
キャベツくんとブタヤマさんが道で出会い、奇想天外な出来事に遭遇する『キャベツくん』シリーズからは2 冊を出品します。『キャベツくんのにちようび』(図1)では、ふたりが巨大な招きねこに誘われてついていくと……、頁をめくるたびに、招きねこやぶたに埋め尽くされた場面が現れます。次は何がどのような形で登場するのか、常識にとらわれない展開に期待がふくらむ絵本です。

図1 『キャベツくんのにちようび』(文研出版)より 1992年
ナンセンスを核とした絵本だけでなく、抒情性のある絵本も描いています。
『トリとボク』(図2)は、主人公のボクだけが知っているひみつが語られる物語。家の近くの川にいるトリたちが、夕方になると身を寄せ合い、ゾウやクジラを形づくります。川をのぞき見るボクの視点で静かに展開する絵本です。「いつも生理的に心地よいものを求めてるんだけど、その心地よさが、ある時には抒情のほうに行くこともあるし、めちゃくちゃなほうに行く時もあるし」*2と語っています。このほか、絵日記形式で語られる『くもの日記ちょう』など、豊かな情感をたたえた絵本も紹介します。
長新太の絵本の大きな魅力のひとつは独特の色彩です。ガッシュ(不透明水彩)を用いた作品が多く、大胆な筆致と目の覚めるような鮮やかさが特徴です。
『トリとボク』では、1 冊を通して緑を基調に描かれていますが、黄色がかった緑や青味の強い緑など、場面ごとに色を変え、刻々と変化する夕暮れ時の光を表しています。反射する水面や暗がりで光る鳥の羽には透明水彩を使い透明感のある奥深い色を表現するなど、緑の色幅が美しい作品です。また、『くまさんのおなか』(図3)では、薄いクリーム色を下地に塗り、ピンクの発色を際立たせています。絵としての心地よさを追求した細やかな配慮を見ることができます。

図2 『トリとボク』(あかね書房)より 1985年

図3 『くまさんのおなか』(学習研究社) 1999年
魅惑のいきもの大集合
長新太が描くいきものは、形態や大きさなど意外性に富んでいて魅力的です。
絵本には、大きな手の猫に「ギューッ ギュー」とにぎられて頭がおにぎりになったテングザルや、体の一部がキャベツになった巨大なクジラなど、一目見たら忘れられないいきものが登場します。漫画やカットでは、ひとりで外出するお尻や歩く下半身(図4)も。万物に生命が宿る「アニミズム」について、「僕の場合、根っこの部分にそれが強くあるんですよ。だから、そのへんの石ころひとつにしても何にしても、みんな命がある、精霊が宿っているという考え方で、絵の発想もぜんぶそこから出てくる。それにユーモアをプラスするわけ」*3と語っています。アニミズムを根源に生まれた不思議ないきものを多数出品します。

図4 『長新太 怪人通信』(大和書房)より 1981年頃
制作の裏側もチョコっと紹介
長がアイディアや絵本のダミーをつくる前の場面展開などを描き留めていた手帳(図5)が、当館に13冊保管されています。いずれも片手に乗るサイズで、出版社名などが入ったシステム手帳です。
発表する文章の推敲の跡もあり、多くは左から右への縦書きで書かれています。
「『絵の力』とは何か?子どもは見えないものを見る力があるんです」「絵を見て、それからそれへと想像する子どもに助けられているところもある」とのメモもあり、子どもの本の創作に向かう画家の姿を垣間見ることができます。
このほか、絵本のダミーやラフスケッチなど、出版に至るまでの資料を展示し、制作の舞台裏も紹介します。「ナンセンスから意味を求めようというのはナンセンス」*4と語っていた長新太の世界をご覧ください。

図5 アイディアが描かれた手帳
* 1 「アルマジロ」第四号(ナート)より 1991年
* 2 「別冊太陽 絵本の作家たちⅠ」(平凡社)より 2002年
* 3 「サライ」第五号(小学館)より 1998年
* 4 「母の友」518号(福音館書店)より 1996年

長新太 Cho Shinta
東京に生まれる。1948年東京日日新聞のマンガコンクールに一等入選し、漫画家となる。1958年堀内誠一のすすめで、最初の絵本『がんばれ さるのさらんくん』を手がける。1959年『おしゃべりなたまごやき』で文藝春秋漫画賞、1981年『キャベツくん』で絵本にっぽん大賞、2005年『ないた』で日本絵本大賞をはじめ受賞多数。柔軟で斬新な発想の絵本を発表しつづけ、日本の絵本界にナンセンスの分野を切り開いた。
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