きくちちき『しろとくろ』(講談社)より 2019年(個人蔵)

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ちひろ美術館セレクション 2010→2021 日本の絵本展


2010-2021ehonten

ちひろ美術館では10年ごとに時代を象徴する絵本を紹介する展覧会を開催しています。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け3年延期となった本展では、2010年から2021年までに刊行された絵本から、30冊の絵本を紹介します。時代に求められ生まれた、多様な表現の絵本をご覧ください。なお、前編となる本稿では、主に2010年代前半の出来事と作品を紹介します。

東日本大震災

2011311日に起こった東日本大震災は、今なお大きなつめ跡を残しています。震災後、「3.11」や「福島」を取りあげた絵本が多く登場し、いのちの尊さを問う作品も生まれました。

荒井良二は、震災直後から被災地へ通いボランティアでワークショップを行っています。『なんていいんだ ぼくのせかい』では、主人公は外の世界へ出て、よろこび、悲しみ、怒り、を知りますが、世界を肯定するように「なんていいんだぼくのせかい」とくりかえし、営みを続けます。

荒井良二 『なんていいんだぼくのせかい』(集英社)より 2012年 個人蔵

吉田尚令『希望の牧場』は、福島第一原子力発電所の警戒区域内に取り残された牧場をモデルにした絵本です。人物をデフォルメして描きながらも牛飼いの表情の奥にある感情や息遣いまでもとらえています。

吉田尚令 『希望の牧場』(森絵都・文、岩崎書店)より 2014年 個人蔵 ※東京館のみの出展

伊藤秀男『はしれ、上へ!  つなみてんでんこ』は、約600人の小・中学生が山へ走り、避難した実話をもとにした絵本。津波の描写は生々しく、写実を超えたリアリティで読者の胸に迫ります。

伊藤秀男 『はしれ、上へ! つなみてんでんこ』(指田和・文、ポプラ社)より 2013年 個人蔵

『あなたがおとなになったとき』は、湯本香樹実が震災のチャリティのために書いた詩に、はたこうしろうが絵を描きました。少年と少女が廃墟のある草原や、学校、森、海、街を進んでいく描写は、読者を希望あふれる世界に導くようです。

はたこうしろう 『あなたがおとなになったとき』(湯本香樹美・文、講談社)より 2019年 個人蔵

『ひばりに』は、2012年に内田麟太郎が震災にあった子どもたちに向けて書いた詩に、植田真が絵を描き、2021年に刊行されました。社会がコロナ禍の閉塞感や不信感に包まれていたころ、植田のやわらかな絵は人々の心に寄り添い共感を得ました。

植田真 『ひばりに』(内田麟太郎・詩、アリス館)より 2021年 個人蔵

平和を伝える絵本

2013年に特定秘密保護法が成立、2014年に政府が集団的自衛権行使容認を閣議決定するなど、第二次世界大戦後の社会活動や教育の根底にあった平和、自由、民主主義の価値観が揺さぶられる出来事が起こりました。子どもの本に携わる人々の間でも平和を守るための議論が行われ、過去の戦争をテーマにした絵本も生まれます。

日本、中国、韓国の画家が議論を重ね、協力しあい実現した「日・中・韓 平和絵本シリーズ」が震災直後から刊行されます。田島征三『ぼくのこえがきこえますか』は、戦場でいのちを奪われた人々の怒りや悲しみを抽象的な形や激しい筆致で表現し、戦争の理不尽さを力強く訴えました。

田島征三 『ぼくのこえがきこえますか』(童心社)より 2012年 個人蔵

『へいわってすてきだね』は2013年の沖縄全戦没者追悼式で朗読された少年の詩をもとにした絵本で、長谷川義史は与那国島の美しい自然を鮮やかな色彩やにじみを生かした水彩のタッチで表現しました。

長谷川義史 『へいわってすてきだね』(安里有生・詩、ブロンズ新社)より 2014年 個人蔵

スズキコージ『ドームがたり』は、かつて広島県物産陳列館と呼ばれていたドーム自身が広島に落とされた原子爆弾の惨禍を語ります。

スズキコージ 『ドームがたり』(アーサー・ビナード・文、玉川大学出版部)より 2017年 個人蔵

上村亮太『アネモネ戦争』は同名のアートブック作品を元にした絵本。椅子だけが残された街やのろしを上げる人々……。架空の国を舞台にした物語ですが、王様を恐れて口をつぐむうちに戦争が始まるようすは現実と重なります。

上村亮太 『アネモネ戦争』(BL出版)より 2020年 個人蔵

そのほかに、2010年代前半に注目を集めた絵本の一部を紹介します。三浦太郎『ちいさなおうさま』は、人物や小物のパーツをひとつずつ紙で切り出し、スキャニングしてデジタルで彩色・調整し、制作されています。画面構成や黒を引き立たせた色彩のバランスなどが美しい1冊です。

三浦太郎 『ちいさなおうさま』(偕成社)より 2010年 個人蔵

みやこしあきこ『もりのおくのおちゃかいへ』は、色彩を抑え、やわらかな木炭で描いています。黒の濃淡で、冬の森の冷たさから室内のあたたかさまでが自在に描き出されています。

みやこしあきこ 『もりのおくのおちゃかいへ』(偕成社)より 2010年 個人蔵

片山健『とくんとくん』は、1997年に発表された同名作品に加筆し、2012年に刊行されました。男の子の異質な雰囲気や少女の高揚感が、油彩によって幻想的に描かれています。

片山健 『とくんとくん』(片山令子・文、福音館書店)より 2012年 小さな絵本美術館寄託

出久根育『かえでの葉っぱ』は、一枚の葉の一生が、チェコの美しい風景や四季の移ろいとともに、テンペラ技法を用いた鮮やかな色彩で描かれます。

出久根育 『かえでの葉っぱ』(デイジー・ムラスコヴァー・文、関沢明子・訳、理論社)より 2012年

『ふしぎなともだち』は、淡路島に移住した田島征彦が、島で障がいのある子もない子もともに教育を受け、働いていることを知ったことからつくられました。竹紙に型絵染で描かれることで、島の自然や人々の素朴な魅力が表現されています。

田島征彦 『ふしぎなともだち』(くもん出版)より 2014年 ちひろ美術館蔵

酒井駒子『まばたき』は、写実的な絵に穂村弘による短いことばがくり返し挟み込まれ、無限にも感じられる一瞬を絵本で表しています。

酒井駒子 『まばたき』(穂村弘・文、岩崎書店)より 2014年 個人蔵

この12年間、社会の出来事にも呼応して、画家たちがいのちや子どもに向き合い続けた結果、優れた絵本表現が数多く生まれ、多様な方向性を示しました。

後編では、主に2010年代後半の出来事と絵本を紹介します。*後編は、東京館の展示にあわせ、掲載します。