
いわさきちひろ やぎと男の子 1969年
やわらかな色彩で子どもをテーマに描き続けたいわさきちひろ。
その絵はなにげなく描かれているように見えて、実は、さまざまな技法や工夫が隠されています。
初期のデザイン
ちひろの最初の絵本である『ひとりでできるよ』は、小林純一の詩にちひろが絵をつける形で制作されたため、文の組み込みを意識した色の配置や余白が特徴的です。《食事をする子ども》では机を白くし、その上に文を配置しています(図1)。その後の『みんなでしようよ』『あいうえおのほん』などの初期の絵本でも同様に、絵を文の従とせず、絵と文字が一体に見えるような画面構成がなされています。

図1 いわさきちひろ 食事をする子ども 『ひとりでできるよ』(福音館書店)より 1956年
雑誌「子どものしあわせ」の表紙絵はちひろが特に大切にした仕事でした。1963年の3 ・4月合併号から、絶筆となった1974年の8 月号まで、12年間にわたって150余点の表紙画を描くことになります。3色刷りで印刷された1963年7月号の表紙は、鉛筆と薄墨を使ってモノトーンで原画を描き、背景の色選びや文字の配置もちひろがデザインを行いました。水色とオレンジ色の補色を取り入れ、目を引く画面をつくり上げています(図2)。

図2 子どものしあわせ 1963年7月号 表紙
線の研究
鉛筆はちひろが最初期から用い、たくさんの表情豊かな線を生み出した画材です。第二次世界大戦後の駆け出しのころに師事していた丸木俊(当時は赤松俊子)から学んだ、自分が引く一本の線にも責任を持つという考え方をもとに、ちひろは線の研究を続けました。1951年に長男・猛を出産してからは子どものスケッチをたゆまず続け、次第にその線はやわらかく、豊かな表情を見せていきました。『となりにきたこ』では、さらなる挑戦として鉛筆で描いた線をパステルで描きなおし、絵本を完成させています(図3)。鉛筆に比べてパステルは繊細な線の表現には適しませんが、よりのびやかで勢いのある線をつかむきっかけとなりました。

図3 いわさきちひろ 怪獣ごっこ『となりにきたこ』(至光社)より 1970年
視点を切り取る・尺度を変える
ちひろは、子どもたちの前景に草花を大きく配置した絵を多く描きました。これは日本画にも見られる構図で、《バラと少女》もこの特徴を持つ作品です(図4)。バラが実際よりも大きく描かれ、少女が花の陰からこちらをのぞくようすが強調されています。右上にあるバラをトリミングして見せることで、画面外にも空間の広がりを感じさせる工夫が感じられます。現実の見え方にとらわれない大胆な構図もちひろの特徴的な技法のひとつです。
心を映す色
「赤いと思えば赤く塗るし、紫だと思えば紫をつけた。空を黄色くすることもあれば、水を桃色に描いたりもする」と語ったように、特に後期のちひろの絵は、視覚でとらえた色より心で感じた色を表現することに重点が置かれました。「まきばの うし」では牧場を緑にせず、背景いっぱいに赤を敷くことで子どもたちの怯えや好奇心が強調されています(図5)。

図5 いわさきちひろ 「まきばの うし」 1969年
本展では、いろ、せん、かたちに章を分け、さらに6つのテーマに沿ってちひろの技法にせまります。ちひろの技法をあそびながら見ることのできる、アートユニットplaplax の作品《画机の上のあそび場》(図6)《だぁ・いー・あ!ローグ》もお楽しみください。

図6 plaplax「画机の上のあぞび場」 2018年
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