-

【開館20周年記念 Ⅰ】<企画展>

ようこそ!ちひろの絵のなかへ

古今東西の美術や文学に通じ、独自の審美眼でアニメーション表現の可能性を追求し、第一線で活躍してきた高畑たかはた勲いさお。彼に深い洞察を与え続けてきた画家のひとりが、いわさきちひろです。本展では、高畑の視点からちひろの絵の魅力を新発見し、今までにない演出でちひろの絵の世界を‘体感’していただきます。
高畑が初めて、ちひろの絵本に出会ったのは今から約50年前のことです。当時、高畑の長女が保育園から家に持ち帰った絵本が『あめのひのおるすばん』でした。詩のような短いことばと水彩のにじみを生かした絵で子どもの心をとらえたちひろの絵本に心を奪われたといいます。ちひろが新たな絵本表現に意欲的に取り組み始めたとき、高畑はリアルタイムでその作品に接し、折に触れてインスピレーションを得てきました。

「おにた」に会える!

「ちひろが描く子どもの肖像でアニメーション映画がつくれたら、どんないにすごいだろう」と語る高畑。『おにたのぼうし』に出てくる鬼の子「おにた」は、ちひろが描いた子どものなかでも特異な存在です。高畑が培ってきたエンターテイメントの手法を使って、「おにた」の魅力に迫ります。「おにた」が絵本の世界から抜け出し、わたしたちに会いに来てくれます。

ちひろの絵のなかへ

「ただ上手いだけじゃなく、非常に夢のある色あいで “大衆性”も合わせもち、絶妙なバランスで人の心を惹きつけている。」ちひろの絵の魅力についてこう語る高畑は、自ら選んだ絵を、壁一面の大きさに高精細に拡大し、絵に包み込まれる空間をつくります。
絵のなかへ入り込むような感覚で、子どもそのものをとらえた形、筆の勢いや絵の具のにじみの重なりなどをご覧ください。

戸口に立つおにた 『おにたのぼうし』(ポプラ社)より 1968年
海とふたりの子ども『ぽちのきたうみ』(至光社)より 1973年

戦争を想像すること

高畑は9歳のときに岡山で空襲に遭い、九死に一生を得ました。戦争をテーマにしたちひろの絵本を開くと、そのときのことがまざまざとよみがえるといいます。
アニメーション映画『火垂るの墓』(野坂昭如原作1988年公開)を監督するにあたり、高畑は、若い制作スタッフにちひろの絵本『戦火のなかの子どもたち』を見せて、想像力を高めてもらい、迫真の表現を追求しました。絵本の場面を拡大し、焦土を想像すれば、戦争の虚しさと平和の尊さが響いてきます。

焼け跡の姉弟 『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より 1973年

子どもの肖像

高畑は、近作『かぐや姫の物語』(2013年公開)で、あえてラフなタッチで余白を残して、線の裏側に何が描かれているのか、観客の想像力を呼び覚まそうとしたといいます*。
克明な描写で画面を埋め尽くし本当らしさを押し付けるのではなく、見る人の心のなかにイメージを喚起させる手法で、アニメーションにしかできない生き生きとした表現を実現しました。高畑が自身の映画づくりに引き寄せて深く共感しているのが、ちひろの「引き算の表現」です。「ちひろの描く子どもの顔は、あんなに少ない線と色で描かれているにもかかわらず、しばしば、どんな油絵による肖像画よりも雄弁に、深く、その子の内心を語ってくれます。」と称賛しています。高畑が厳選したちひろの子ども像も展示します。
*「スタジオジブリ30年目の初鼎談」『文藝春秋』2014年2月号より

少女と港の風景 『貝の鈴』(大日本図書)表紙 1970年

高畑勲

1935~

東京大学仏文科卒業。東映動画(現・東映アニメーション)などを経て、1985年、宮崎駿らとスタジオジブリ設立。主な監督・演出作品にTVシリーズ「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」、映画「じゃりン子チエ」「セロ弾きのゴーシュ」「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」「ホーホケキョ となりの山田くん」「柳川掘割物語」「かぐや姫の物語」など。そのほか「王と鳥」など海外アニメーションの日本語版翻訳・監修や『十二世紀のアニメーション』『アニメーション、折りにふれて』など著作多数。当財団評議員。