いわさきちひろ おつむてんてん 1971年

いわさきちひろ おつむてんてん 1971年

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ちひろ 子ども百景

いわさきちひろは、生涯一貫したテーマとして「子ども」を描き、あらゆる姿と幼心の機微を絵のなかにとらえました。やわらかな髪やふっくらとした肌、つぶらな瞳、短い手足に愛くるしい仕草……ちひろの描くあかちゃんや子どもは、いきいきと魅力にあふれています。
ちひろは、10ヵ月と1歳のあかちゃんの月齢を描き分けることができたといいます。こうした絵は、子育てのなかで息子やその友だちが遊ぶようすをスケッチし、また育児書のためのたくさんのカットを描いたなかで生み出されました。
本展では、息子をモデルにしたスケッチやさまざまに遊ぶ子どもたちを描いた作品、ちひろ自身の姿とも重なる少女像、絵本『ぽちのきたうみ』などを展示するほか、『育児の百科』など、医師・松田道雄との仕事にも注目します。

母のまなざし-息子をモデルに

図1 長男・猛 1951年

「長男・猛」(図1)は、生後2ヵ月半の息子をスケッチしたものです。1951年、32歳で母親になったちひろは当時の心境を「うしおのように流れだす愛情を、どうしようもなくて」と記しています。そのよろこびも束の間、仕事と育児の両立は厳しく、1ヶ月半の息子を長野県松川村の両親に預けなくてはならなくなり、お金ができると会いに行く生活が10ヵ月近く続きます。滞在中のわずかな時間に描かれたスケッチからは、わが子の姿を脳裏に焼きつけようとする切々とした思いと、深い愛情が感じられます。
翌1952年にようやく新居(練馬区下石神井、現ちひろ美術館・東京)での親子3人の暮らしが始まり、1956年には息子・猛をモデルにした初の絵本『ひとりでできるよ』を制作します。息子や身近な子どもたちの成長を見守りながら、優れた観察眼とデッサン力によって、あらゆる姿や動作を“そら”で描けるようになっていきました。

図2 指人形で遊ぶ子どもたち 1966年

1950年代から60年代半ばに仕事の中心だった絵雑誌の絵(図2)では、ひとりひとりの仕草を丁寧に描き分けると同時に、子どもたちをどう配置するかなど構図を工夫しています。

『育児の百科』など松田道雄との仕事

ちひろは小児科医・松田道雄の著作に数多くの挿し絵を描いています。1953年に『家族の健康』を手がけて以降、『私は赤ちゃん』『私は二歳』など育児書を中心に計11冊、描いた作品は習作を含めると700点にも及びます。核家族化が進み、社会や家庭のあり方が大きく変わるなか、新米の親に安心感を与えようと、特に母親に寄り添う松田の筆致は、あたたかくユーモアにあふれ、多くの親を励ましました。ちひろが多くの育児書の仕事を引き受けたのも、松田のそうした姿勢への共感があったのかもしれません。

左・図3 おもちゃとハイハイしようとするあかちゃん/右・図4 遊ぶ子どもとあかちゃん 『育児の百科』(岩波書店)より 1967年

1967年に出版された『育児の百科』は、誕生から就学前の子どもたちの成長過程を、月齢や年齢別にきめ細やかに解説した770頁超の大部の著作です。それぞれの発達段階に沿った描写が求められたことから、ちひろは保育園でのスケッチを重ね、月齢別のあかちゃんや幼児の体つき、仕草を的確にとらえたカット(図3・図4)107点を描きあげました。
子どもの立場に立った育児や医療、集団保育への提言など時代に先がけた内容を含む同書は、母親たちのバイブルとなり、80年に新版、87年に最新版と改訂を重ね、今も読み継がれる名著です。

図6 おつむてんてん 1971年

この仕事を契機に、成長のわずかな違いを描き分けるまでになり、あかちゃんの魅力を知り尽くしたちひろは、1970年代、水彩の微妙なにじみと濃淡による表現で、あかちゃんの習作を数多く生み出しました(図6)。頬や指先にほどこされた赤味は、透き通るような肌を通して、みずみずしい生命を感じさせます。手や指の表現が豊かなことも、ちひろが描くあかちゃんの魅力のひとつです。

『ぽちのきたうみ』

『ぽちのきたうみ』は、ちひろが文も書いた至光社の絵本シリーズの最後となる6作目の絵本です。夏休みをおばあちゃんの家で過ごす少女が、愛犬ぽちの到着を待ちわびるようすを描いています。ちひろは、夏の空と海の輝きや、少女と小犬の生命感あふれる姿を、大胆な筆づかいと鮮やかな色彩で表現しました。

図5 海辺のひまわりと少女と小犬 1973年

「海辺のひまわりと少女と小犬」(図5)はこの絵本の習作として描かれました。夏の象徴である大輪のひまわりのむこうに、海辺を走る少女と小犬の姿がとらえられています。遠く波間に浮かぶ子どもたちの顔の表情は描き込まれてはいませんが、夏休みを謳歌する子どもたちの歓声が、今にも聞こえてきそうです。
本展ではほかにも、春の野原や緑濃い山のなかで、夏の海や牧場でと、思い思いに遊ぶ子どもたちの姿を描いた作品を紹介します。あかちゃんや幼い子どもの愛らしいカットが大集合した拡大パネルもあります。まさに子ども百景、たくさんのあかちゃんや子どもたちとの出会いをお楽しみください。